第一怪 金糸雀
「鈴音。何か欲しいものはあるカ?」
「欲しいものはないので、外に出してください」
「それは出来ないカナ」
にべもなく鬼は言う。
蜘蛛の騒動が終わり、私はまたもや籠生活を余儀なく送っていた。
友達が一人逃げそびれたという事実はどうやら本当らしく、鬼はそれに関わる話をするとひどく不機嫌になった。それなのに、ここ最近は欲しいものはないかと訊いてきたり、色々なものを私に贈るようになった。
かんざしや、手鏡、扇子。子鬼が言うには、どれも上品かつ、一級品らしい。
これが鬼からじゃなかったら、どんなに嬉しかったか。
いや、そもそもかんざしとかしないから、いくら豪華でも馴染みが無いため、イマイチな反応しか出来ないのだけれど。
「まぁ、良い。お前にこれをやろう」
手に持っていた包みを広げ、小さな化粧箱を格子の間から私に差し出した。漆塗りの上等なものだと鬼は言う。
「お前もあと少しすれば、女になるからナ」
「……」
ねぇ、ちょっと。それはどういう意味?
私がまるで女じゃないみたい。失礼だわ! そりゃ、胸はまな板同然だけど。
でも、あと数年経てば胸だって顔だってもっと女らしくなる……はず。
いやいや、今はそんな事よりも大事なことがある。
「友達はどうなったんですか?」
「……」
今度は鬼が顔をしかめる番だった。
口をへの字にして私を睨みつける。思わず息を呑んでひるんでしまうが、今はびびっている場合じゃない!
「私は鬼さんと契約しました。知る権利があるはずです」
権利なんて大層な言葉を使ったことはなかったけれど、今はあえて使う。鬼は大きく息を吸い込むと、威嚇するように胸を反らした。私を睨む目がより一層鋭くなる。
ま、負けないんだから!
「契約成立していないって事ですよね?」
震える体を、両手で抱えるように押さえつけながら言った。
「まぁ、な」
片眉を上げて目を細めて、鬼は顔満面に不機嫌だと表す。しかしすぐ口元をにぃっとつり上げ、こちらに笑みを向けてきた。
「だが、それも直に片が付く。お前の友の居場所は分かってるからナ」
「え! そうなの!? なら、会わせて! 無事かどうか確かめたいの!」
「だ・め」
ぺろりと真っ赤な舌を出して意地悪く笑った。私が抗議の声を上げようとすると、ぺしっと額を軽く叩かれる。
「もうお前を籠から出さん。い~ぃ子にしなかったんだからナァ」
「だって、開いてましたよ!?」
「でも出て良いとは言っていないハズだろ?」
うっと言葉が詰まった。
ちなみに私は人魂の事を鬼には話さなかった。あれは鬼とは関係のない、全く別の意図があると思った。
もしかしたら淡藤局さんあたりが仕掛けたものかもしれないし、下手なことは喋らない方が良い。
「今後は食事も風呂も俺が直々に世話する。ありがた~く感謝するように」
するわけないでしょ!
心の中で言い返す。
やっぱりまだ鬼が怖いと思っている自分がいる為、そう何度も鬼に噛みつく勇気はなかった。
「あぁ、そうだ。もう一つ。こいつもやろう」
籠の中に何かを放り投げる。
投げられた物を手にとって広げてみると、淡い黄色に裾の方になるに連れて、綺麗な黄緑色が芝生のように広がっていた。
「金糸雀の羽色に似せた長襦袢だ」
「きんしじゃく?」
「あぁ」
羽っていうくらいだから鳥の名前かな。
この色使いを見たところ、カナリアとかインコぐらいしか思いつかないけど。
にしても、綺麗な着物。
手触りも良いし、色も明るくて優しい。
「金糸雀は良い声で鳴くらしい。お前もその鳥のように、さえずり方でも覚えたら良い」
鬼のいらない一言で、せっかく綺麗な物を見て気分が良くなっていたのに、すぐさま嫌な気持ちになる。
「要りません。今頂いている分だけで足ります」
そっぽを向いて鬼に突き返す。
「まぁそう言うナ、鈴音。活きが良くなくては飼っていても面白くないからナァ。前のように俯抜けられてもつまらん」
なるほど。そういうこと。
色々贈り物をくれるのも、欲しいものがないかと訊くのも、おもちゃの電池切れを防ぐ為ってことね。
「結構です」
「ま、お前の好きにすればいいカナ」
鬼はおもむろに立ち上がり、籠の鍵を開けた。そして座っていた私の腕を掴み、立つよう促す。
「久しぶりに酌でもしてもらおうか。今日は外で花見でもしようカ」
「外に……出るんですか?」
見開いた目で鬼を見る。
外に出ることがなかった私からすると、とても魅力的に聞こえた。そしてそれと同時に、あの蜘蛛のことも思い出す。
あんな危ない妖怪がうろうろしているかもしれないのに、お酌なんて暢気なことしていられない。しかも、私が今着ているのは動きやすい服装ではなく、お雛様みたいな服装で(十二単ではないけれど)大変動きにくい。逃げるどころか走ることすら難しい。
「あぁ。闇の花見も、なかなかのモノよ」
良い酒も手に入ったしなと、上機嫌に笑む鬼。
私はそれを、内心複雑な気持ちで見上げた