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妖しい紅  作者: 月猫百歩
籠の鳥
19/40

第十八怪 白昼夢

 何の音も届かない耳。

 目を閉じて視界に映るものも拒絶する。

 心の闇が広がり、意識もそこに呑まれていく。

 

 深く、深く。




「ふぜけんなよ! 全部お前のせいだぞ!」


「やめなよ! これは事故でしょ!」


 闇の中、怒鳴りあう陽炎が五つ。

 どこかで見た光景。

 そっと目を見開き、また目を閉じる。

 開けても閉じても同じ光景が見える。


「でも、一体どうなっているの? ここどこ?」


「分からない」


 鈍い光が人の形になって闇の中でうずくまっている。

 次々に輪郭がハッキリしてくる。

 見覚えのある顔、顔、顔。

 

「これからどうなるのかな……」


「ごめんね、紗枝ちゃん」


「ううん。大丈夫だよ。かならず一緒に帰ろうね!」


 五つの光が揺らめき、煙に変わる。混ざって一つになり、今度は大小二つの影を作ると、鬼と少女の形をなしていく。


「ずいぶんお前は威勢がいいナァ。

 どうだ? 俺と取引をしないか?」


「と、取引?」


「あぁ。お前がここに一人残るんなら、ほかの奴らを帰してやっても良いゾ」


「私を? 私一人残れば、みんなを帰してくれるの?」


「そうだ」


「わ、私一人で良ければ。うん。分かった。こ、ここに残ります」


「そうカ。分かった」


 ふっと風に吹かれたように流される光。

 くるくると、つむじ風のように回って、また五つの人影を作り上げていく。


「なぁ、鍵。開いているぞ」


「なんで? 閉め忘れ?」


「罠かもしれないわ」


「でも今しかないよ! 今のうちに逃げよう!」



 あぁ、なんだ。

 座敷牢から逃げ出してきた時の場面だ。

 そう、そこからみんなで逃げ出したんだよね。



「ねぇ、ばれちゃうよ」


「そこ、その扉に入ろう!」


「鍵かかってる!」


「どうしよう!?」


「あ! もしかして、それ鍵じゃない?」


「でも、なんでこんなところに落ちてるの?」


「なんでもいいよ! それ使え!」


「あ……。開いた」


「馬鹿だなぁ、扉の前で鍵落とすなんてよ」



 思わず鼻で笑ってしまう。

 馬鹿は私たちなのに。

 紅い鬼がみてるなんて知らずに。

 

「誰もいないね」


「大広間で宴会やっているみたい。さっきあの子鬼が言ってた」


「え! みっちゃん鬼の言葉が分かるの?」


「紗枝ちゃんは分からなかったの?」


 そういえばみっちゃんは、音無しの時間帯でもないのに、鬼の言葉が分かっていたみたいだった。霊感があるようなことも、小学校の時に話してくれてたけれど、あまりそれについては話したがらなかったから、ずっと忘れていた。

 もしかして、だから鬼を呼び出すことができたのかな。


 五つの光が氷の上を滑るように流れる。

 必死で駆け抜ける人影たち。


「ねぇ、あそこ」


「門番のくせに寝てやがる」


「静かに。起こさないようにね」


 闇の中からまた別の光が湧き出ると、瞬時に大きな扉を形作る。私たちが吸い込まれた扉。ここへ連れて行かれたときに通った大きな扉。


「やった! この岩の扉だ! 帰れるぞ!」


「さ、追っ手が来る前に行こう!」


 岩の扉のむこうには、ここにくる前の薄暗い木々が広がっていた。

 我先にと駆け込む男子。そのあとを追いかける他のクラスの女の子。


「さ、みっちゃん行こう」


「うん……」


「どうしたの?」


「……紗枝ちゃん、ごめんね」


「もう、気にしないでったら。悪い夢だったと思って帰ろうよ」


「……うん」


 私の影が彼女の影を押す。

 そして彼女が扉の向こうへ足を踏み入れ、私も扉へと近づいた。


「どこへ行くつもりカナ?」


 扉に手をかけた私の影が凍った表情で振り返る。大きな紅い目をした影がニヤリと笑い、振り返った私を包み込み、闇の向こうへと消えた。

 気持ちほど開いた扉。そこから小さな顔が覗いている。


「みっちゃん……」


 彼女の凍った顔が見える。

 光は惜しむように、徐々に徐々に暗闇に溶けていく。


 最後に怖い思いをさせちゃっていたんだね。

 ごめんね……みっちゃん。

 


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 真っ暗闇の中に、幽霊のように人魂が浮かび上がる。

 黄色い、淡い光が私を照らしている。

 

 これは夢なのかな。

 それとも幻なのかな。

 さっきの光景もこの人魂が見せたのかな。 

 でも、これを今更私に見せて、どうしろというの?

 もうあの頃みたいに、動く気力も生きる気力も、今の私にはないというのに。

 



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