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妖しい紅  作者: 月猫百歩
籠の鳥
16/40

第十五怪 淡藤局

 灯篭が明るくともる頃、紅い鬼の代わりに子鬼が食事を持ってきたのを見計らって、子鬼に昨日のことを謝った。


「もう名前の話はしないから、また音無しの時間にお話がしたいの! お願い」


 子鬼の細い腕を掴んで懇願した。

 一人で居ると嫌な考えが頭の中を占領して耐え切れなかったし、それに子鬼と険悪なままで居るのも嫌だった。

 なんだかんだいって私の世話をしてくれているのはこの小さな緑の鬼だけ。紅い鬼みたいに酷いこともしないし仲良くなりたかった。

 私のした事が意外に思ったのか、子鬼は大きな目を見開いて驚いた。そしてちょっともったいぶって、考えるしぐさをきっかり十秒した後、威厳を持って大きく頷いた。


「良かった! ありがとう」


 思わず満面の笑みを浮かべる私に、鼻をふんと鳴らして食事を押し付けてきた。

 乱暴な態度だけれど、それでも私は嬉しかった。




 音無しの時間。

 前と同じように揺さぶられて私は目を覚ました。

 子鬼が風呂敷を抱えてこちらを覗き込んでいる。


「今日は面白いヤツを連れてきたぞ」


「え? どこに?」


 布団から身を起こし、辺りを見回すけれど、部屋には私と子鬼以外誰も見当たらない。

 緑の子鬼は風呂敷を丁寧にそっと畳の上に広げ、中にあった木箱から陶器を出すと『こいつだ』と私に差し出した。

 上品な色をした薄紫の急須。

 結構な年代物みたいだけれど、四足が付いている以外は特に変わったところはない。

 私が首をかしげると、唐突に声をかけられた。


「あらまぁ、人間じゃないの。珍しいこともあるじゃない」


 ひゃっと声を上げて飛びのく。


「急須がしゃべった!」


「そう、付喪神だ」


 付喪神って、あの、百年経った道具とかが動いたり話したり出来るって言う妖怪?でも、目の前の急須をみてると、妖怪って言うより、なんだかファンタジーチックな気がするな。

 無意識に、ニコニコしていたみたいで、子鬼に嬉しそうだなと言われてしまう。


「ただの急須じゃぁ、ないわよ」


 急須から優しい大人の女性の声が聞こえる。

 囁くような品のある口調。

 クスクス笑うたびに蓋が鳴った。 


淡藤局(あわふじつぼね)ってみな呼んでる。なんたって気位が高いからな、こいつ……いてっ」


「子鬼は口が悪くてイヤになるわ」


 蓋に思い切り噛まれたらしく指を口に含んで唸る子鬼。

 そんな子鬼をよそにカチャリと畳の上に飛び降り、甘い声で囁いた。


「人の子、名はなんと申す?」


「あの、鈴音です」


 未だに涙目になっている子鬼がおいっと私をつついた。

 そんなに痛かったのかな?と思いつつ何故つつかれたのか分からなくて、『何?』と子鬼に眉を寄せた。 


「あら。可愛らしいお名前をもらったのね。

 ねぇ、この子に名前のことを教えたの?」


 今度は淡藤局をねめつけて子鬼は唸った。


「まったくどいつもこいつも!名前の話はダメだって。

 紅い鬼様に聞かれたらどうする?」


「何故ダメなのかを教えなければ腑に落ちないものよ。ねぇ?」


「は、はい!」


 なんだか思わぬ展開になったみたい。

 この淡藤局さんという急須が教えてくれるのかな。

 期待が膨らんで身を急須へと近づける。


「あのね。名というのは魂を示すことでもあるの」


「魂?」


「そう。だからやたら無闇に教えるものじゃないわ」


「でも、名前がないと不便じゃないですか?」


「えぇそうね。だから相手が勝手に名前をつけるの」


「あだ名っていうこと?」


 そうそうと淡藤局は頷いた。


「でもね、貴方は特別。紅の鬼様から与えられた名前だからね。

 今みたいに見慣れない妖に名を教えてはダメ。

 その名を使って悪さをされるかもしれないわ」


「悪さ?」


「そうよ。その名をつけた紅い鬼様も、与えられた貴方にも害が及ぶかもしれない。だから教えたり、話したりしないように」


 そんな大事なことなんで鬼達は教えてくれなかったんだろう。

 子鬼はそんな私の視線を感じたのか、ジロリにらみ返してきた。


「どちらにしろコイツには外出禁止令が出ている。

 他の妖怪どもに会うことはないし、紅い鬼様に使えている我らは皆、名を訊いたりはせんからな」


「でもこの年頃の子はなんでも知りたがるものよ。

 隠せば隠すほど気になってしまうから……ねぇ?」


 光沢のある体を斜めにさせて、彼女は声でこちらに笑いかけた。

 この淡藤局さんはなんだか茶目っ気がある。

 大人の女性という気がしてなんだか憧れちゃうな。


 ……あれ?でも待って。


「あの、それだけじゃないんでしょう?」


 私の発言に子鬼と淡藤局が顔を見合わせる。

 姿勢を正して二人に向き直った。


「前に紅い鬼は本名を名乗っちゃいけないって言ってたけれど、

 今みたいな理由なら隠す必要はないよね?

 だって、別に紅い鬼に何か不利な事が起こるわけじゃないんだし」


「紅い鬼様だ! 様つけろ!

 いいか?お前はあの紅い鬼様の物なんだ。頭のてっぺんからつま先まで。

 なのにお前の本名を他の者が――」


 そこまで言って『しまった』と子鬼が口を押さえた。


「な、なに?」


 思わず前かがみになって子鬼に詰め寄る。

 小さな頭が左右に揺れるのを見て、両手で緑の肩を掴み激しく揺さぶった。


「おーしーえーてーよー!」


「や、やめんかぁ! 頭、頭が揺れるっ」


「ほらほら」


 淡藤局が間に入ってきたので私は手を止めた。

 放された子鬼の目はグルグルと回って足元もおぼつかない。 


「私たちが教えられるのはここまでよ。

 これ以上はお叱りを受けてしまうからね。貴方もただじゃすまないわ」


 優しい声でたしなめられ、これ以上何も言えなくなってしまう。


「いつか紅い鬼様が直接お話しになられるわ。

 もう少し先の話になると思うけれど。

 いまちょっと面倒なことになっているみたいだから」


「淡藤局さんは……鬼が何を隠しているのか知っているの?」


「えぇ」


 呟いて黙った。

 私は淡藤局さんが無い目を伏せた気がして、綺麗な淡い藤色が哀しげに映った。


「これからずっとここに居る事になるんだから、仲良くしましょうね」


 まるで独り言のように小さな声で囁く。


「それに焦る必要は無いわ。急いで知る必要なんて無いんだから」


「でも――」


「逃げるわけではないんだから」


「え?」


 一瞬沈黙する。

 見られているわけではないのに、視線が目の前の急須から逸らせない。

 長い沈黙のあと、子鬼が私たちを見比べている中、淡藤局さんはふふっと笑った。


「答えは逃げないって事よ」


「あ、あぁ……。そう、そうですね」


「ささ、お喋りはお終い。もう寝たほうがいいわ。

 お肌にも良くないしね」


 そう言って淡藤局さんは子鬼のところへ行き、子鬼は丁寧に彼女を抱えると最初来た時と同じように木箱の中へ閉まった。

 ふたが閉じられる直前、彼女がおやすみなさいと囁く。


「おやすみなさい」


 私も返して、また天井裏へと消えていく子鬼達を見送った。

 

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