クローバーとリス
「橘、頼みたいことがあるんだけど。」
四時間目の終わりのチャイムが鳴って、佳世ちゃんとお弁当を食べようとしている時だった。
振り返ると佐伯くんがいて、私の胸は密かにどきどきと駆け足になっていく。
「あ、さ、佐伯くん。ど、どう、した、の?」
相変わらずどもる私を気にする風もなく、佐伯くんは軽く笑って言う。
「あ、うん。もし橘が明日暇ならなんだけど、プレゼントを一緒に選んでもらいたくて。」
今日は金曜日だから、明日は土曜日なわけで。勿論学校はお休みで。
「プ、プレゼント?」
「そう。相手は女の子なんだけど、俺姉ちゃんとか妹とかいなくてさ、正直女の子の好きそうなものとかわからなくて。」
「え、で、でも、私なんか・・・せ、センス悪い、し・・・」
「そんなことねえよ。俺は橘に選んで欲しいんだ。」
「で、でも・・・」
「頼むよ。橘。」
佐伯くんの目を見ると、当たり前だけどバッチリ視線が合ってしまって。
その目が少し真剣だったから。
「あ、わ、私で、よけれ、ば・・・」
勿論断れる筈も無く、私はコクリと頷いた。
「ありがとう!助かるよ。じゃあ明日の十一時に・・・」
嬉しそうに明日のことを話し始める佐伯くんをちらりと盗み見る。
どうして私なんだろう。
佐伯くんなら、他に誘える女の子なんて山ほどいるのに。
私なんかよりもずっと可愛くて、お洒落な・・・。
「じゃあそういうことで。また後でメールもしとくし。明日、よろしくな」
「う、うん。こちら、こそ。」
明日、どうしよう。
何を、着て行こう・・・。
**********
十時五十五分。
私が待ち合わせの駅前に着いてから二十分弱。
少し早く着きすぎてしまったことに、ちょっと後悔。
洋服はいきなり可愛いものを買いにいけるはずもなく、いつも着ているねずみ色のパーカーにチェックのスカート。
足元はお気に入りのぺたんこパンプス。
可愛くもないけど、多分変でもないはず。地味だけど。
「橘!」
呼ばれて見ると、改札から佐伯くんが出てくるところだった。
「ごめんな、待ったよな?」
駆け寄ってくると、申し訳なさそうな声で言った。
「う、ううん!わ、私が早く、つ、着きすぎちゃっただけだから・・・」
「あーもーマジでごめん。」
「さ、佐伯くん、悪く、な、ない。」
早く着きすぎてしまったことに、再び後悔。今回は猛烈に。
「ち、遅刻、するのが、嫌だった、だけ、だから・・・」
私がそう言うと、佐伯くんは私の方を見た。
少し驚いたように目を大きくすると、次は急にくつくつと笑い出した。
「え、え?」
私は何がおかしかったのか分らなくて、焦りやら恥ずかしいやらで顔が紅くなっていくのを感じた。
「ごめん。いや、橘、前にもそうやって言ってたことあったなって思ってさ。」
「え?」
「朝、学校で。来るの早いなとか、そういう話した時。」
そ、そうだっけ。
そう言われてみれば、そうだったかもしれない。
なんとなく思い出すと、なんだか私もおかしくなって。
私もくすくすと笑ってしまった。
私が笑い出すと、佐伯くんもまた笑って。
ああ、やっぱり私は佐伯くんが。
佐伯くんが好きだなあなんて。
そんな、馬鹿みたいなことを思って。
ちょっぴり寂しくなりながら、二人で並んで歩き出した。
ファストフード店で軽く昼食を済ませてから、私と佐伯くんは近くのビブレに入った。
中は広くて、明るい照明が真っ白な印象を与えた。
土曜日ということもあって、お客さんは結構多かった。
「ど、どんなのが、い、いいの?」
「んーできればアクセサリーがいいんだけど。ブレスとかネックレスとか。」
そっか。
アクセサリーか・・・。
私はあまり装飾品は得意じゃなくて、ほとんど身に着けたりしないんだけど。
ちゃんと選べるかなあ。
「この店、入ってみよっか。」
店内は沢山のお店が並んでいて、それぞれがイメージに合うような内装で商品を並べていた。
佐伯くんが示したお店は、少しカントリー風な、私の好きな雰囲気の雑貨屋さんだった。
中はお財布からポーチ、パンプスにブーツ、少しの衣類と、沢山のアクセサリーが並んでいた。
「へえ、女子ってこういう店で買うんだな。」
佐伯くんは近くにあったシュシュを手に取ると、その輪をぐいぐいと伸ばしながら言った。
「さ、佐伯くん、あ、あんまり、ひっぱると、ゴム、の、伸びちゃう、」
「あ、ごめん」
更に奥に進むと、お目当てのブレスやネックレス、イヤリングにピアスが並んでいた。
「うわー沢山あんな。」
ハートやら星やらの飾りが、柔らかい照明できらきらと輝いている。
中には貝殻をモチーフにした大きなネックレスもあって、私はあまり好きではなかったけれど、とても存在感があった。
「女子って大変だよな。こんな中から毎回選ぶんだし。」
佐伯くんは適当に手にとったりしては、へえーとか、ふーんとか言っている。
私はそれを聞きながら、ゆっくりと並べられた商品を見ていった。
佐伯くんがせっかく私を選んでくれたのだから、期待に応えるためにも一生懸命に選ばなくちゃ。
私が好きなものというより、お洒落な女の子たちがつけてそうなデザインのものを。
きらきらと輝く、甘い香りのする女の子たちのアクセサリーなんだから・・・。
そんなことを考えていたら、一つのネックレスが目に留まった。
思わずそれを手に取る。
「・・・かわいい。」
それは決して派手ではなく、四葉のクローバーとリスのチャームが揺れているネックレスで。
私の大好きなデザイン。
つまりそれは、佐伯くんに釣り合うようなキラキラとした女の子が喜ぶようなものでは決してなくて。
私はいけないと思って、それを元の場所に戻そうとした。
「橘、それがいいの?」
後ろから声がしたかと思うと、ひょいと手元のネックレスを取り上げられて。
「あ、ちが、」
「結構シンプルだな」
「そ、それ、ちがう!わ、私がす、好きなだけで、ぷ、プレゼントには、」
「これでいいじゃん。橘が選んだんだし。」
「え、ちょ・・・」
「じゃ、買ってくる」
引きとめようとしたけど少し遅くて、クローバーとリスのネックレスは佐伯くんに持って行かれてしまった。
「ど、どうしよう・・・」
私は、もしその女の子に気に入ってもらえなかったら、という不安でいっぱいになった。
折角、佐伯くんが私を頼ってきてくれたのに。
その女の子に嫌な顔をされたら・・・。
嫌な顔・・・?
ふと浮かんだ疑問。
相手の女の子は嫌な顔なんてするだろうか。
だって、佐伯くんからのプレゼントで。
佐伯くんから貰ったら、どんなに可愛くないものでも嬉しく思ってしまうんじゃないだろうか。
そもそも、
そのネックレスは、誰にあげるの?
女の子って言ってた。
妹やお姉さんはいないって前に聞いた。
彼女も・・・いるとは、聞かない。
じゃあ、誰?
好きな、人?
佐伯くんの、好きな、女の子に。
私はその時、自分がかすかな期待を抱きはじめていたことに気が付いた。
叶うはずもない、淡い夢。
私は・・・。
「お待たせ。」
笑顔で戻ってきた佐伯くん。
その手には、私の選んだネックレス。
可愛い袋に入れられていて。
四葉のクローバーも小さなリスも、
もう見えなかった。