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ケータイデンワ


それは突然のことだった。


「あ、そうだ。橘ってさ、携帯もってる?」


佐伯くんと一緒に帰っているとき。

丁度、校門をでた筋にある郵便ポストの前を通ったときだった。


「あ、う、うん。」

「お、どこの?俺エーユー。」

「わ、わたしも、エーユー。」


それまでは、今日も松田先生がある授業でキレたとかいう話を佐伯くんがしてくれていて。

急に思いついたように携帯の話題に変わったのだけれど。


「一緒じゃん!機種は?見せてもらっていい?」


私はポケットから携帯を取り出した。

私の携帯はW54Sで、もう今から二年くらい前の形のもの。

色はワインレッドだけど、ストラップは一つも付けていなくて、女の子らしさはあまりない。


「これってカメラの性能がいいやつだろ。俺もこれと迷ったんだけどさ。」


言いながら、今度は佐伯くんが携帯を取り出した。

正直そんなに機種には詳しくないからなんという形なのかはわからないけれど、彼のものも少し前のもののような気がする。


「俺、結構携帯落とすから、一応防水のにしたんだ。」


佐伯くんの携帯はシンプルな黒のもので、ストラップは一つだけ垂れている。

それは何かの羽を加工したようなもので、佐伯くんに似合ってお洒落だった。


「よかったら、メアドとか交換しない?」

「え・・・」


思っても見なかった提案。

私は一瞬信じられなくて、少し固まってしまった。


「あ、無理なら全然いいんだけど、」

「む、無理じゃ、ない!」


私の反応を見て少し困ったように眉を下げた佐伯くんに、素早く訂正する。


佐伯くんとメアド交換。

私には無理だと思っていたのに。


「ありがと。じゃあ俺から赤外線で送るわ。」


私と佐伯くんは、お互いの携帯電話をつき合わせてそれぞれのデータを交換した。


そのときに携帯をもつ私の手は、かすかに震えて。

それを必死にばれないようにして。

だけど胸の鼓動は速くなるばかりで。

今、夢の中にいるんじゃないかって。

そんなことを思ったりしながら。


データを交換する時間が、すごく長く感じられた。


「うし。ありがと。」

「う、ううん。こ、こちらこそ・・・」


「あ、あとさ。」


佐伯くんはいいながら、携帯をなにやらいじりだした。

私は何をしているのかわからなくてじっと待っているだけだったけれど。

少しして、佐伯くんがストラップを取り外したのだとわかった。


「これ、よかったらやるよ。」


「え?」


「ストラップ、何も付けてないみたいだし。俺、同じのペンケースに付けてるからさ。」


私の前に突き出されたストラップ。

白に少しベージュがかかった羽が、ひらりと揺れる。


「で、でも」


受け取っていいのかな。

本当はすごく欲しいけど。

だけどやっぱり悪い気がしてしまって。


「いいから!もらって!」


どうしようか悩んでいる私の手をとると、佐伯くんは半ば無理矢理ストラップを握らせた。


「あ、あり、が、とう。」

「使い古しで悪いけど。」


違うよ。

佐伯くんが使っていたやつだから。

佐伯くんからもらったやつだから。


私はすごく嬉しいんだよ。


「じゃあまたメールするわ。」

「う、うん。」


気が付くと、もう駅に着いていて。

私はストラップを握り締めたまま、佐伯くんに手を振って別れた。


ホームに続く階段を降りる時でも、なんだかフワフワしていて。

目を閉じたら佐伯くんの笑った顔しか出てこなくて。

また、夢の中なのかなとか考えちゃったりして。


電車に乗ったら、早速貰ったストラップをつける。

正直、ワインレッドにそのストラップはあまり合っていなかったけれど。

携帯の下で揺れる羽根がすごく嬉しくて。


私は最寄の駅に着くまで、ずっと眺めていた。



**********



「綾子ちゃん、どうしたの。」


夜の七時過ぎ。

目の前には夕飯のハンバーグとサラダが並べられていて、私はちまちまとそれらを口に運んでいる。


私の横には弟の悠斗くんが、目の前にはお父さんが、その横にはお母さんが座っている。


「携帯電話、気になるの?」


「・・・ん」


お箸を咥えて頷く。


お母さんが言うように、今、私のハンバーグのお皿の横には、携帯電話がちょこんと置かれている。


「きょ、今日、あ、アドレス、交換して・・・」


「そう。よかったじゃないの。」


家に帰ってから、佐伯くんに「ストラップありがとう」とメールを送ってみた。

そしたらすぐに返信がきて、その後も少しメールのやりとりをした。


だけど、一時間ほど前から返信がこなくなってしまって。

大した内容のメールなんて送っていないから、多分怒らしてしまったことはないと思うのだけれど。

気になってしまって、いつ返信がきても大丈夫なように、ずっと携帯を持ち歩いていた。


「ほら、綾子ちゃん、ご飯食べたらお風呂に入ってらっしゃい。」


携帯を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返している私に、お母さんは少し困ったように言った。


さすがに携帯をお風呂に持って入ることはできないから、部屋に置いていった。



メール。

メール。

メール。


そのことばかりが気になってしまう。

湯船に浸かって目を閉じると、今日佐伯くんにメアドを聞かれたときの光景が浮かび上がった。


『橘ってさ、携帯もってる?』

『よかったら、メアドとか交換しない?』

『無理なら全然いいんだけど』

『ありがと。じゃあ俺から赤外線で送るわ』


震える手。

赤外線受信。

赤外線送信。

増えたデータ。

「佐伯秀介」。


『これ、よかったらやるよ』

『俺、同じのペンケースに付けてるからさ』


てことは、お揃いってこと?


『いいから!もらって!』

『使い古しで悪いけど』


あ、だめだ。


私は何故か鼻血が出そうになって、慌てて湯船から出た。




髪を乾かしてから部屋に戻ると、携帯が震えていた。

開くと、「着信アリ」の文字。


メールじゃなかったことに少しがっかりして、着信履歴を見る。


「え・・・。」


そこには「佐伯秀介」とあって。


私は気が付いたら佐伯くんの番号を押していた。


プルルルル、プルルルル。


『もしもし』


機械音が途切れると、低い声が鼓膜を叩いた。


「も、もしもし、あの、」


『あ、橘?』


「う、うん」


耳元で囁かれている錯覚に陥りそうになりながら、私は携帯を握り直した。


『ごめんな。携帯の電池切れちゃったから、家につくまでメールできなくてさ。』


「ぜ、全然、大、丈夫。ちゃ、着信、あった、から、」


『あ、それだけ伝えたくて電話までして。ほんとごめんな』


「う、ううん!あ、ありが、と、」


『じゃ、また明日』

「す、ストラップ!」


手元で羽根が揺れる。


『ん?』


「あ、ありが、とう。す、すごく、嬉し、かった、です。」


『んーん。喜んでもらってよかったです。じゃ、また明日な。』


「う、うん。」



『おやすみ』



そう言って、電話は切れた。


電話を耳から離すと、部屋の中はとても静かだった。

手が、少し汗ばんでいた。


おやすみ。

って言いたかったけれど、言えなかった。


なんだか「おやすみ」って言葉は、とても大人な関係のような気がしたから。


耳元で囁かれた「おやすみ」は、きっと私を眠りへと誘ってはくれない。


だって、

今こんなにもドキドキしているから。


私は、携帯を閉じてそっと枕元に置いた。



やっぱり、なかなか眠れそうにない。



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