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人助け?

 ガタゴトと、古びた荷馬車が絶え間なく揺れる。

 普通なら酔ってしまいそうな振動だが、私はそれどころでは無かった。五百年前、クララが「絶対に読んで!」と勧められた恋愛小説―その続きが気になって、周囲の音など耳に入らなかったのだ。

 甘酸っぱい恋模様を辿っている間だけは、自分が復讐者であることを忘れ、誰かに愛される幸福感や、胸が脈打つような緊張感を疑似体験できる気がした。


『お嬢さん、もうすぐで王都ですよ』


 脳内に直接響くルーネの低い声に、私は現実に引き戻された。 

 ページを閉じ、顔を上げて外を見る。地平線の先に、巨大な灰色の円形都市が姿を現していた。


…あれが、王都…。


「王都に着いたら何しよ…」


 ぽつりと独り言を漏らすと、隣に座っていた若い男がニカッと笑って話しかけてきた。


「王都に行ったら、冒険者ギルドに行ったほうがいいよ。収入は安定しないが、SSランクになると一攫千金は夢じゃないぞ」


「おいおい、こんなちびっ子にギルドの荒事が務まるのか?」


 向かいの男達がゲラゲラと下品に笑い、馬車の乗客達の目線がこちらに集まる。

 私は読み終えたばかりの小説の余韻を邪魔された不快感を、ほんの少しだけ瞳に宿して男達を見返した。


「…そうですか。頭に留めておきますね」


 淡々とした、温度のない声。

 それだけだったが、笑っていた男達の顔が引き攣った。彼らは何かに怯えるように視線を逸らし、居心地が悪そうに私から距離を取り始める。


『お嬢さん、ギルド登録はワタシもお勧めします。身分証代わりになりますし、なにより「闇」の情報が集まりやすい』


 念話で囁くルーネの言葉に、私は静かに頷いた。


 ◇


 王都は、旅路で見てきたどの街よりも活気に満ちていた。

 少し黄色がかった白い壁に、赤煉瓦の屋根。窓辺には色とりどりの花が飾られ、石畳の上を子供達が笑いながら駆け抜けて行く。

 だが、その華やかさの裏側に、私は「違和感」を見つけた。

 大通りから分岐する裏路地のいたるところに、頑強な鉄格子の柵が設置され、鎧を着ている騎士達が目を光らせている。


「ねぇ、冒険者ギルドって知らない?」


 路地を塞ぐ柵の前に立つ騎士に声をかける。鋭い眼光が私を射抜いた。


「…真っすぐ行けば、中央広場に大きな噴水がある。そこにある案内所でパンフレットを買え」


「ありがとう。…でも、一ついい?その先は何があるの?」


 私が柵の奥、淀んだ空気が漂う路地を指差すと、騎士の眉が不快げに跳ね上がった。


「私は田舎者でね、王都に来たのは初めてなんだ。けれど…ただの貧民街にしては警備が、重々しすぎじゃない?」


 騎士は深い溜息を吐き、警告するように声を低めた。


「君のような危ない好奇心は身を滅ぼすぞ。この先は国家の守秘義務だ。…さぁもう行け」


 しっし、と手で追い払われ、私は肩を竦めてその場を後にした。

 噴水がある大広場からは、抜けるような青空を背に、青い屋根の壮麗な王城が毅然としたようすで立っている。


『お嬢さん、彼が言っていた通りパンフレットが売っていますよ』


 ルーネが示した露店には、一冊の冊子が並んでいた。代金は、銀貨二枚。


…高っ…。銀貨二枚っていったら、だいたい二千円相当じゃん。観光地価格にしてもぼったくりでしょ。


―二千円?


 口に出かけて、私は自分の思考に戸惑った。

 ここでは『ルド』が共通の通貨なのに、『円』とはなにか。

 この世界にそんな国が存在しないことは、千年以上生きている私が一番よく知ってる。なのに、その言葉は私の魂に深く刻まれているかのように、馴染んでいた。


『…お嬢さん?顔色が悪いようですがな』


 ルーネが心配交じりでそう言う。


「ちょっと、旅続きで疲れただけだよ。…先に宿を探そう」


 野宿続きで体力が底を尽きている。

 

 私は露店を見ながら、宿を探している時だった。

 裏路地に魔力の気配がした。魔力は皆、持っているがこんなにも熟年した魔力は初めて感じられた。


…フェリクス寄りは劣るけど、神みたいな魔力だな…。


 関わりたくない、と脳が判断するよりも先に、好奇心が勝ち私は裏路地に入っていく。


 裏路地のゴミ溜めの奥。桃色の髪を乱した少女が下卑た笑いを浮かべる三人の男達に追い詰められていた。


「ここは、随分と物騒だね」


 気配を完全に殺したまま、私は男達の背後に立った。

 冷え切った私の声に、男達は弾かれたように振り返る。


「あぁ?…なんだ餓鬼は。お、エルフじゃねぇか。こりゃぁ、高値で売れるぜ」


「その前にやっていかね?嬢ちゃん、お兄さんと良い事しない?」


「一回くらいはバレねぇからな」


 男の一人が、汚れた手で私の頬に触れようと手を伸ばしてくる。

 私は、久々に「冷たい微笑」を浮かべ、一言だけ告げた。


「——無理」


「あ…?」


 男の一人が顔を真っ赤にして拳を振り上げた瞬間、私はするりと抜け出し、氷魔法を編み込んだ。地面を瞬時に凍結させ、男達の足元を奪う。


「うわぁ!?なんだこれ!?」


 男達はツルツルと滑る氷の上で、震える小鹿のように無様に転がった。


「君、大丈夫?怪我はない?」


 桃髪の少女に声をかけると、震えていたがしっかりと頷いてくれた。


「何事だ!そこで魔法を使ったのは誰だ!」


 背後から響く怒号。現れたのは、先ほどの強面の騎士だった。


「あ…」


「そこのエルフ、さっきぶりだな。…人の忠告を無視して、即座に厄介事か?なんなんだ、この状況は?」


 騎士が私を鋭く睨みつける。だが、その視線には困惑が混じっていた。路地裏が不自然に下がり、男達の足元には「ただの氷」ではなく、魔力の結晶のような美しい蒼色に凍り付いていたからだ。


「この桃髪ちゃんがチンピラに襲われててさ、助けただけだよ。魔法を使ったのは、正当防衛。文句ある?」


 私はのんびりと言い放つ。騎士が怪しげに私と、震える少女を交互に見比べ、——少女の頭を正面から捉えた瞬間、彼の紫の瞳がこぼれそうになるほど見開かれた。


「…なっ、貴女様は…!SSランク冒険者パーティ『朱凰の刃』の、フィオナ様…!?」


「あ…えっと、それは…」


 桃髪の少女——フィオナと呼ばれた女の子は気まずそうに視線を泳がせる。私は小さく溜息を吐いた。

 SSランク、さっき馬車で聞いていた「一攫千金の代名詞」が、こんなところでチンピラごときに追い詰められていたとは。


「とりあえず、このチンピラを引き取って。それが君達の仕事でしょ?…あと、この氷は数分で溶けるから安心して」


 私がそう告げると、騎士が圧倒されながらも「は、はっ!」と反射的に敬礼し、迅速に男達を拘束し始めた。


…騒ぎが大きくなる前に、人目を避けてここから去ろう。


 そう思って引き返そうとした時だった。


「あ、あの!待ってください…!」


 ぎゅっと私の袖の裾を持たれたので振り返る。

 フィオナが顔を赤くして、私を見つめた。


「あの…、少し、お話しできますか?」

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