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絶望

この先、物語の雰囲気が暗くなります。

 リリーが生まれて、三年の月日が流れた。


 リリーは金髪ストレートに、サファイヤのような深い青色の瞳をしている。髪色や瞳はフェリクス寄りだが、顔立ちやルックスはクララ寄りだ。

 まだ少し舌足らずなところがあるけど、元気に喋り、家の中をところ狭しと駆け回れるようになった。

 クララも順調に体力を取り戻し、今では以前と変わらない…いや、私の回復魔法のせいか、前より若々しく動けている。


 一方、私とフェリクスはといえば。


「フェリクス、今の魔法、構成の繋ぎが良かったよ」


「ありがとう。リナの教え方がいいおかげだからだよ」


 この三年間、私の外見は一ミリも変わっていないけれど、この家族との絆は驚くほど深くなった。

 最初はあんなに警戒していたフェリクスも、今ではすっかりタメ口で、私のことを愛称の「リア」で呼んでくれる。クララも同じだ。


 私は、このお人好しな夫婦に「自衛の力」をつけさせるため、フェリクスの魔法修行に付き合っていた。元々丁寧な術式を書く人だったけど、私の指導でその才能は一気に開花し、今や並の宮廷魔法師を凌ぐほどだ。


「パパァ、おししょおー、お水もってきたぁ」


 てくてくと、短い足でリリーがやってきて、フェリクスにコップを差し出した。


「ありがとう」


 フェリクスがリリーの頭を撫でると、彼女は嬉しそうに、とろける笑顔を見せる。


「おししょおーの分も!」


 私にも小さな手でコップを差し出してくれる。


…あぁ、もう。毎回、思うんだけど…。


 私は魔法でコップを宙に浮かせて固定し、空いた両腕でリリーをひょいっと抱き上げた。


「リリー、お師匠じゃなくて『お姉ちゃん』って呼んでよ」


「だって、パパのおししょうさんだもん!」


 きょとんとした顔で言い放つリリー。


…もう、めちゃめちゃ可愛いですやん…。


 五百年生きていて、まさか人間の三歳児にノックアウトされる日が来るなんて思わなかった。


「ふふっ。この中で一番の親バカなのは、リナみたいだね」


 くすくすと、洗濯物を干し終えたクララが笑う。

 するとリリーが、私の顔を覗き込んで「おやばかぁー」と、変な言葉を反芻した。

 覚えなくていい言葉を覚えたリリーの顔に、私は軽く、愛を込めたデコピンを落とす。


「もーいたいじゃん!おししょおーのおやばかー!」


…多分、意味は分かってないよね…?


 私達の間に笑いがこみ上げる中、リリーは納得がいかないのか、頬をリスのように膨らませた。


「もー!わたし、パパのマネするー!」


 言うが早いか、リリーが拙い手つきで魔法術式を構築し始めた。

 未完成とはいえ、放っておけば家や畑、森が火の海になりかねない。

 クララは最近、花を育てる趣味があるから、もしそれに火が移ったら…。大目玉を食らう人物は私も入るだろう。

 私はその光る術式を、指先でピン、と弾いて霧散させた。


「こーら。火事になるから、勝手に使っちゃダメだよ。六歳になった教えてあげるから」


 リリーの顔がぱぁっと明るくなり、はしゃぎ始める。


「ほんと!?うそはダメだよ、おししょお?やくそく!」


「…とりあえず、『お師匠』はやめてってば」


 結局、私の切実な呟きは、元気なリリーの歓声にかき消されてしまった。



 それから、二年が経ち、リリーは五歳。明日で六歳になる歳になった。


「ししょー!明日の朝イチから教えて!」


 リリーの背丈ほどある杖(ただの木の棒だけど)を振り回して、リリーが部屋から飛び出してきた。


「はいはい。だけど、明日はパーティーだから明後日ね。クララ、私、ちょっと森の奥まで山菜を採りに行ってくる」


 私はリリーの柔らかい髪をくしゃりと撫で、キッチンで鼻歌を歌うクララに声をかける。


「あら、そんなに遠くまで?気を付けてね、リア」


「うん」


 リリーの六歳の誕生日。お祝いには、この森の最深部にしか実らない『星降る果実』をプレゼントとして渡したかった。あの甘い実を食べているリリーを想像するだけで、心が躍る。


…魔法書のほうが喜ぶかな?でも、大体は私が知ってるから要らないか。


 その選択が、一生消えない後悔に変わるなんて、今の私には知る由が無かった。


 人が足を踏み入れない禁域。そこは見たこともない果実や、国宝級の薬草が溢れていた。

 だが、魔獣はあの家付近よりかは超が付くほど強くなっているので油断は禁物だ。


 奥深くまで行くと、深い藍色のどんぐりを見つけた。


…これが『星降る果実』


 光の反射で金色の星が見えるから、そう名づけられたと文献で読んだことがある。

 ひょいひょいと夢中でマジックボックスをいっぱいにしていた時、ふと、空気が変わった。


 心臓が直接冷たい手で掴まれたような、悍ましい感覚。


「結界が…消えた?」


 私がこの家に施した、最強の筈の魔法障壁。その手応えが、シャボン玉が弾けたように消え去った。


 私は考えるよりも先に体が動き、全力疾走で地面を蹴った。

 足が痛くても、枝が頬を裂く感覚、魔獣が妨害してくることも、何もかもがどうでもよかった。


「お願い、間に合って!」


 だが、その願いは届くはずもなく、神は無慈悲なことをした。


 扉は開いており、そこには、戦っていたフェリクス、リリーを被っていたクララ。皆、血を流して、倒れている。


「あぁ・・・ああ!!」


 私はフェリクスに駆け寄り、狂ったように治癒魔法をかける。

 拳から溢れ出す淡い金色の光が彼らを包むが、傷口が塞がっても、抜けてしまった魂は戻ってこない。


「いや!?起きてよ…、起きてよ!!」


 私の魔力は、たった一発で山を吹き飛ばすほどにある。なのに、目の前のたった三人の体温を上げることも、止まった心臓を動かすこともできない。


「ねぇ、リリー!一緒に魔法を学ぶんだよね!?」


 皆、まだ温かいところはあるが大体が冷たく、死斑がぽつぽつとでき始めている。

 私はリリーの頬を撫でるが、あの「ししょー!」と笑っていた温もりは、どこを探しても見当たらない。


 吐くぐらい気持ち悪さ、呼吸が上手く吸えない、一生流れ続ける涙、涙のせいで視界が滲む。


…どうして?


 私の結界があったはずだ。フェリクスだって、並の魔法師には負けない力をつけていた。

 それなのに、どうしてこんなに死体の山ができているの?


「どうして!?ねぇ、なんで!!」


 静まり返った家に、私の甲高い絶叫だけが虚しく響く。


 その後の記憶は、瓦礫のように粉々で、何も覚えてない。

 自分がどんなに悲鳴を上げ、どんな魔法を撃ち散らしたのか。


 ただ一つ、魂に刻まれたのは―この光景を作った「何か」を、この世から一欠片も残さず消し去らねばならないという、どす黒い感情だけだった。

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