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秘密がバレた

 意識が浮上した時、部屋には正午過ぎの強い日差しが差し込んでいた。


『お嬢さん、気分はどうですか?』


 枕元で心配そうに覗き込むルーネの声。返事をしようとしたが、喉に焼けつくような痛みが走り、声が掠れて音にならなかった。


…っ、喉が…痛い…。


 私は顔を顰め、指先に魔力を込めて空中に文字を綴る。


《どうして、こんなに喉が痛いの?》


『…アナタが、ずっと泣き叫んでいたからですよ』


《私が?なんで?》


 ルーネの言葉に、私は首を傾げた。

 胸の奥に、泥が沈殿したような重苦しい感覚だけは残っている。けれど、何をあんなに悲しんでいたのか、肝心の詳細が霧に包まれたように思い出せない。


『…本当に、何も覚えていないのですか?』


 どこか複雑そうなルーネの視線に、私はただ、静かに頷き返した。


コン、コン、コン――。

 規則正しく扉が三回ノックされた。

 私が重い足取りで扉を開けると、そこには心配そうに顔を寄せ合うフィオナとアルベルトが立っていた。


「体調、大丈夫かな?正午を過ぎても起きてこないから…」


 アルベルトが覗き込むように問いかけてくる。私は掠れた喉を押さえ、空中に魔力で文字を綴った。


《声が出なくて、喉が痛いの。それ以外は大丈夫》


「あ、そのくらいなら私の治癒魔法で治せますよ」


 フィオナが身を乗り出してそう言った瞬間、私は目を輝かせ、縋るような思いで何度も何度も首を縦に振った。


《本当?お願いしていい?》


「もちろんです」


 フィオナが可愛らしく杖を振ると、柔らかな光が私の喉を包み込んだ。


「わ、凄い…。本当に痛くない…」


 一瞬だった。焼けるような激痛も、石でも詰まったような不快感も、魔法の光と一緒に霧散していった。


 私だって一応、光魔法の基礎は修めている。

 けれど、これほど鮮やかに、痛みの芯まで溶かすような癒やしは使えない。

 私はあくまで破壊と殺戮に特化した「攻撃型」の魔術師だ。防御や治癒の術とは、絶望的に相性が悪いのだ。


「本当に…ありがとう、フィオナ」


「いえいえ、これくらいお安い御用ですよ!」


 フィオナは謙遜するように笑ったが、その瞳には『大したことじゃないのに』という自信のなさが透けて見えた。もっと誇っていい技術なのに、彼女はいつも自分の価値を低く見積もりすぎる。


「あ、朝ご飯、まだでしたよね?すぐ準備してきます」


 パタパタと小走りでフィオナが部屋を出ていくと、残されたのは私とアルベルト、そして足元で知らん顔をしているルーネだけになった。


「そういえば、昨夜は…その後、ちゃんと眠れたかな?」


 不意に、アルベルトが気遣わしげな声をかけてきた。


…昨夜?なんの事?


 私が記憶の糸を辿ろうと首を傾げた瞬間、頭の中にルーネの平然とした念話が響いた。


『昨夜、この男が魔力を漏らして騒がしかったので、ワタシが貴女の姿を借りて適当にあしらっておいたのですよ』


 足元のルーネを見ると、いかにも「褒めていいですよ」と言わんばかりのドヤ顔で見つめ返してきた。


…これは、褒めろ…というわけ?


『ワー、ルーネスゴイネー。サスガ、ジョウイセイレイサマ』


 感情をこれっぽっちも込めずに念話を返すと、ルーネは露骨にムスッとした顔になり、言い返そうとして口をもごつかせた。


『…なんですか、その心のこもっていない棒読みは。もういいです、寝ます!』


 拗ねたルーネは、私の傍らに置いてあったバッグの中へ、モゾモゾと潜り込んでいった。


「あれ?バッグが動いた…?」


 アルベルトが不思議そうに私のバッグを指差す。

 あの「駄猫」の存在を、この男達に説明するのをすっかり忘れていた。



「…“コレ”が、私のペットのルーネだよ」


 私は観念して、バッグの奥で丸まっていた黒い塊をひょいとつまみ上げ、皆の前に差し出した。


「“コレ”とは何ですか、“コレ”とは!」


 ルーネが珍しく、念話ではなくはっきりとした人間の言葉で吠えた。

 その瞬間、食堂に流れていた空気が凍り付いたように止まる。アルベルトも、フィオナも、ユリウスも、オスカーも、まるで未知の魔道具でも見るような目で、目を丸くしてルーネを凝視していた。


…まぁ、そうなるよね。喋る猫なんて、普通は居ない。


 案の定、アルベルトは開いた口が塞がらないといった様子で、私とルーネを交互に見比べている。


「隠していた理由は二つ。一つ、事情があってルーネの存在が露見すると面倒なことになる。二つ、この駄猫は躾がなっていないから、なるべく人様の前に出したくなかった。…以上、終了」


 淡々と告げられた一方的な説明に、四人はポカンと口を開けて呆気に取られていた。

 最初に我に返ったのは、やはりアルベルトだった。彼はこめかみを押さえ、短く息を吐く。


「…なるほど、事情は分かった。他言は無用、俺達も黙っておくことにするよ」


…話が早くて助かるな。


 私は内心で安堵しながら、短く「ありがとう」と頷いた。


『お嬢さん、丸投げですか。この凍り付いた雰囲気をどうにかしてくださいよ』


 足元でルーネが不満げに念話を飛ばしてきたが、私にはどこをどう驚く要素があるのか、さっぱり分からない。猫が喋るくらい、魔法の世界では些末なことではないだろうか。


「アルベルトさん、後はよろしく」


 結論が出ない面倒な事態は、リーダーに全振りすれば円満に解決する。…この数日で、私はそう学んだのであった。

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