ルキシャは宮殿に着いています
本当に危なかった。ルキシャは思う。
もうすぐで肉体と精神が分離するところだった。
控えめに言って十回ぐらい死んだ気がする。
絶対落とさないって言われたけど、崖を登る説明をうけたところで気が付くべきだった。
大山羊たちはトーカル公国御一行様を無事にサラナームの宮殿へ連れて来てくれて、今はご褒美に山盛りの草をもらい、メェーッと山羊っぽい声で鳴いている。
肝心のトーカル公国の一行は、ほぼ全員の魂が抜かれた状態だ。
断崖絶壁を登る動物の背中で揺らされるってことが、どれほど恐ろしいものなのかを思い知ったところだ。
日々鍛錬している護衛騎士たちも全滅。
唯一なんとか動けそうなのは「ルーナ」に扮するルキシャだけだ。
同乗していたメリアが、やりすぎなくらいに紐を巻いてくれたのが良かったのかもしれない。
可哀そうに、メリア本人はうんうん唸ったままで寝かされている。
「な、波っーー……大波っーーぃ……小波っーーぃ……」
野戦病院のような光景を前に、一行を案内してくれた君主の侍従長エレンが不思議そうに言った。
「……まあ、そうなりますよね。
……大変申し訳ないとは思うのですが……、
通常なら、検問所で国賓をお迎えして、まずは平地で山羊の輿に慣れて頂くんですよね」
「あといつもなら、崖では魔術を使って移動して頂いてます。
今日みたいに、賓客を輿にお乗せしたまま崖登りって、実行したのは初めてですね」
「それにしても、
トーカル公国の宰相閣下には、この辺の話を前もってお伝えしたのですが、
何か連絡に不備がございましたでしょうか?」
崖登りに魔術を使うには準備が必要らしい。
トーカル公国からサラナームには「近いうちに親善大使が行く」と伝えられたものの、詳しい日程の連絡はなかった。
サラナームとしては準備ができなかったので、いつもならやらない、大山羊の輿での崖登りを決行したのだ。
実はルキシャの計略でトーカル公国の宰相は既に親善大使が出発したことを知らない。
宰相は悪くないのだがルキシャは誤魔化すことにした。
「連絡ミスは全て公国側の不手際です。
我が国の宰相は普段冷静沈着ですが、親善大使のことでは意気込みが強すぎたせいか、物忘れでも……したのでしょう」
ルキシャは声変わりしているが先ほど地声を少し高くする薬を飲んだ。
白いベールの公女から耳障りの良い声が響いてきたので、エレンは女性に受けが良い柔らかな笑みを返した。




