ルーナは心配です
ルーナはトーカル公国の十九歳になる公女だ。
大公である父、他国から嫁いで来た大公妃の母、そして十六歳になったばかりの弟がルーナの家族だ。
成長期が遅かった弟に、つい最近背を抜かされた。
姉の目から見ても弟のルキウスが美の女神から愛されたことは間違いないと断言できる。
金の絹糸のような滑らかな髪と碧の瞳の色はこの姉弟のどちらもが受け継いでいるが、更にルキウスはその形の良い瞳が大変印象的だ。
因みにトーカル公国で採れる美しい碧の鉱石はこの姉弟の瞳と同じ色だ。
あと何年かすればもっと男性的な魅力も増すだろうが、弟は今はまだ中性的な線の細さも保っている。
柳のようだが主張もある眉からすっと伸びた鼻筋も、薄い唇も、形の良い耳すらもため息のでるような美しさだ。
弟の、その余りの美しさは母が心配をするほどだった。
母は「男児は神に召されやすい」という母の故国の言い伝えを信じ、ルキウスに髪を伸ばさせてドレスも着せてルキシャという愛称を付けた。
鷹揚な父も心配性な母の好きなようにさせていた。
成長に伴って弟も、母が居ないところでは男性用の衣服を身に纏うこともあったが、母の前ではいつもドレスを着て慎ましくしていた。
トーカル公国では貴族でもどこかの国のようにゴテゴテした意匠の装束は身に纏わないため、女性のドレスを着たところで動きはさほど制限されない。
弟は母の心配を減らすために文句を言わず従っていた。
別に母はルキシャに対し「女になれ」と言っているわけではない。
ルキシャが成長して、もう早逝することはないと母を安心させられたら、将来の大公として妃だって迎えるのを母は常々楽しみにしている。
とりあえずルーナの弟がドレスを着ていても、「ルキシャ」と女の子のような愛称で呼ばれていても、大公家族が住む古い城に勤める者たちにとっては見慣れた風景になっていて、もう違和感も感じない。
ルーナだって、ルキウスもルキシャもどちらも大変可愛いので、妹もいるみたいで幸せなことだと思っていた。
しかもルキシャのときのルキウスは彼なりのスイッチが入るようで、お年頃になってからもルーナがベタベタ触るのを少し許してくれるのだ。
こんなにできた弟を産んでくれた母に感謝する。
ルーナはそんな風に思っていた。
ルキシャが、ルキウスがとんでもないことを言いだすまで。
「どう考えても無謀だと思うわ」
弟は生きて帰るつもりなど無いのではないか。
サラナームという不思議の国で『黒闇の残酷雷帝』と呼ばれる男の婚約者になるのだと、公国を出て行ってしまったのだ。




