公子はあなたの婚約者になりたいのです
「ルキ、『婚約者』は、いきなり過ぎないか?」
「えっ? そうかな……うっ……また間違えたのか……」
「……まずは、お友達から始めた方が良かったんじゃないか?」
「でも既に友達にはなってるから今更聞くと変じゃないか?」
大変優雅に跪く公子と、後ろに控える足の長い公子の護衛騎士。
とっても美麗なのになんだか残念な若い男性二人。
小声で話をしているつもりだが広間は静まり返っている。
なので結構聞こえる。
カディラはしばらく固まっていたが、ルキウスとアーネストがぼそぼそ話しているのが聞こえて我に返った。
カディラは、自分の頭を触り、頬や肩も触り、そして自分の掌をぐっぱーぐっぱーして確認した。
どこにもバチバチが出ていない。大丈夫そうだ。
「『婚約者』はハードル高いって!
こんな人の目があるところで、嫌ですって言えないだろ?
答えられないって」
「嫌ですって……アーネスト、縁起でもないこと言うなよ……」
君主は君主の椅子に座って何やら耐えている。
妃は見て見ぬふりをしている。
エレンとガトゥールは各々やれやれと呆れている。
後ろで控えるメリアは額に手を当てている。
「ルキー、自分が言えばなんでも通ると思うなよー」
「でも、婚約者になって、カディラの家に呼ばれたり、カディラの手料理食べたりしたい……」
「それ! ルキウスの立場だとほぼ嫁だぞ、だからいきなり過ぎるってー」
「よ、よめ?、嫁!、って、………なにそれ……いいな! いや、アーネストだって……」
「えっと、あの」
カディラがしゃべり出した。
カディラの首から下がる碧のリボンが少し揺れた。
それを見てルキウスははっとした。
ルキウスは緊張し過ぎておかしくなっていたことに気付く。
カディラは今、ルキウスの瞳の色を纏ってくれている。
ルキウスは偽らない己の想いを真摯に伝えねばと悟った。
あらぬ方向に緩んでいたルキウスの表情が真剣になる。
縋るようにカディラの黒い瞳を見た。
見つめられてカディラは言葉を継げなくなった。
「……」
「……カ ディラ……、今は、すぐは、
気の迷いとか同情とかでも、なんでもいいから。
俺のこと、気持ちの悪い嘘吐きだと思っててもいいから」
ルキウスは、幼いときから姉の居場所を奪っていると感じていた。
同時に、皆から多大な愛情を受ける自分が周囲を裏切らないことにも心を配っていた。
だからか。これまで心から何かを欲する資格が自分には無い気がしていた。
そう、これまでは。
ルキウスが言葉を紡ぐ。
「でも、カディラ、カディラが……、
カディラが必要とする人に、傍に居ていい人に、これからもずっとずっと自分がなりたい。
俺だけがなりたい。
………好き、です。……好きだ。カディラが好きです!
いつかカディラにこの想いを分かってもらえるように、頑張るから……、
この手を、どうかどうか取って欲しい!!!」
ルキウスは心を込めてカディラに自分の手を差し出した。
そのとき、カディラの頭の先から体の奥にビリビリビリッと稲妻が走った。
稲妻かどうかは本当のところ分からない。
でもカディラはそう感じた。
広間の窓から見える空は変わらず青い。
カディラは全身でこれまでになくドキドキドキドキしているというのに。
同時に、冷静に自分を見つめる自分もいて、
( カディラ! おめでとう!!!!! )
自分で自分におめでとうを言った。
カディラはもう前を向いて歩いて行ける。
自分は『雷帝』で皆から必要とされている。
そして、ルキウスからも求められているのだと素直に感じられる。
ルキウスへの気持ちはカディラに相応しくないものだと、今はもう思わない。
ルキウスの事情は分からない。
でも、大好きな人から大好きだと言ってもらえた!
もうそれで、なんでも乗り越えられる気がする。
「嘘吐きだなんて思っていません。
気の迷いとか同情でもない。
皆を思いやるルキウス様が、あなたが、誰よりも大好きです!
ルキウス様が自分を後回しにしないように、私が傍で見守りたい!!!」
カディラはルキウスの手に自分の手を伸ばした。
たまらずルキウスがカディラの手を引き寄せて、強く、でも優しく抱きしめた。
そして、カディラの両頬をルキウスの両手が包み、カディラの唇にルキウスの唇を重ねた。
またカディラの全身をビリビリビリッと何かが走った。
ルキウスも同じだ。
「ずっとずっと、こうしたかった」
「わたしも、です!」
せっかく騎士の礼を取っていたのに台無しだとアーネストは思うが、カディラが嫌そうにしていないので良しとしよう。
やれやれとキーズが短く拍手をして、隣に座るアーリンに微笑みかけた。
それにしてもとキーズは思う。
ルキウスのせいで美しい女性を見ても全くときめかなくなってしまった。
結局ルキウスが一番綺麗だからな。
趣味が一つ無くなってしまった。
まあ、僕には愛するアーリンがいるからいいけどね。
ルキウスがサラナームに留まることになったため、トーカル公国とサラナームの間で取り交わす予定の協定書はその内容を少し書き直さなければならなかった。
協定書には、トーカル公国の碧の瞳を持つ者が「サラナームを定期訪問する」旨の文言は記載されなかった。
代わりに、サラナームの君主夫妻がトーカル公国を定期的に訪れ、公国で湧き出る湯の泉の虜になったという。
「了」
読んでくださってありがとうございます。




