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偽りの公子


 キーズがルキウスに会いに来たとき、もちろんルキウスはドレスを着ていなかった。


「驚いたな! そうとは知っていたんだが、本当に男性だったね……」

「キーズ様は最初から気付いておられたようですね」


「いやいやまあ。偶然というのが本当のところですがね。

 でも、早くに男性だと気付いていたから他の者のように悲惨な……。

 いやいや、こちらの話でした」

「本当に申し訳ないことをしました。

 国を背負った者が偽りを行うなど、許されないと反省しています」


「いいえ、少なくとも僕は気付いてましたから。

 殿下も打ち明けようとされていたのでしょう?

 ……ルキウス殿下と僕を近付けないように画策する動きもありましてね。

 まあそれは行き違いが元で起こったことですが。

 この際、偽りは成立しなかったということでいいでしょう」


 ルキウスの与り知らないところで、誰かの何かの思惑が在ったようだ。

 キーズは言葉を続ける。


「トーカル公国の事情もありましたからね。

 ……それに我が妃から、ルキウス公子が咎められるようなことがあれば離縁するなどとっ……、はははは、まあこれは……そんなことには絶対にさせませんがっ……、とにかく。

 反省は為さればいいと思いますが、それが終わったら次のステップに進みましょう」

「キーズ様、わたしに次のステップがあるのでしょうか?」

「もちろんです。

 トーカル公国にとってもですが、サラナームにとっても、そしてルキウス殿下ご本人にとっても、何が一番良いか考えましょう」

「わかりました。…………ありがとう、ございます」


 ルキウスは心から感謝すると共に、自分の未熟さを改めて噛み締めた。


「ところで、ルキウス殿下が持参された例の薬の件ですが、性別を変えるなんて特殊な魔術でもなければあり得ない話です。

 しかも今の時代の魔術では実現不可能なはずなんですよ」


 病床のルキウスからアーネストとメリアには、事態の説明に際して全て明かすように伝えてあった。

 メリアからキーズへ、例の薬は提出されていた。

 サラナームでは魔術薬の研究も進められており研究室にその薬が持ち込まれた。


「ルキウス殿下は、薬学医学にも精通されている。

 あの薬が何なのか、本当はご存知ですね?」


 研究室で調べた結果、薬は魔術薬でもなく単に毒と判定された。

 ただ命を奪う程のものではない。


「キーズ様、あれは蛇毒を根から吸い上げた薬草で作る毒で、効果は『子を成す機能を壊死させる』というものです。

 『性別を変えられる』というのは……正しくありません。

 体のつくりとしては、男性は男性のまま、女性は女性のまま、変わることはありませんから。

 ただ、男性らしさや女性らしさを失わせることはできます。

 わたしは、あれを飲むつもりで作りましたが、反対されると思って他の者には詳細を明かしませんでした」


 キーズは、体の中心が抉られるような感覚に捕らわれた。

 生きたまま人間の一部を死滅させる毒をルキウスは用意していたのだ。

 同じ効果が得られるような手術については知っていたが、ルキウスは毒で体を害するという恐ろしい方法を取ろうとしていた。

 昔ルキウスがその毒について知ったときの目的とは異なるが、今回も公女のふりを続けるためにその毒を飲んでいたかもしれない。


 ルキウスは言った。


「わたしの最大の『偽り』はあの毒です。

 皆を欺いていました。

 わたしは慢心していて、こんな無茶な話でも自分なら周囲を信じさせることができると思っていたし、それで良いと断じていました」


 ルキウスは人々の幸福のためなら、偽ることも自分を傷つけることも許されると考えていた。


「昔、あの毒を使って刑を施す国があったそうです。

 あれはそういうモノです。

 でも、わたしは近しい者にも『性別を変えたくなったら』飲む薬だというように説明していました。

 それこそ魔術のような便利な薬だと偽っていたのです」


「ふーむ。聡明過ぎるのも考え物ですね。

 周りもルキウス殿下が言うのならと信じて疑わなかったわけだ。

 トーカル公国は男子継承が基本のようですが、

 もしルキウス殿下が女性になれば姉君が皆から求められて女大公になれる、そういうお考えだったと聞きました。

 ご友人方にはそう伝えておられたのですね」

「その通りです」


「でも実際は、ルキウス殿下は違ったお覚悟をされていた」

「はい。それでいいと思っていました」


 ルキウスがあの薬を飲んでも多分死にはしない。

 後継者を作れないため大公になることも免れるだろう。

 だからそれで万事丸く収まる。……わけがない。


「わたしは愚かでした。

 自分さえ納得していれば犠牲は容認されると考えていました。

 今になってようやくそれが浅慮だと分かります。

 わたしは男の自分が嫌だったわけではない。

 なのにあれを飲んで、わたしがただ自らの体を傷付けていたら、姉上の、皆の心に取り返しのつかない悲しみを刻んでしまったことでしょう」


「それが今分かっておられたら、それでいいでしょう。

 気が付くきっかけが、このサラナームへ来られたことと繋がるなら、無茶な計画にも意味があったと思いますよ。

 ……。

 それで、今はどうお考えですか?

 何かの必要があれば、今後もあの()を飲む可能性がありますか?」


「いいえ。絶対に飲みませんね。

 これからはずっとルキウスとして生きていくと、そう決意しましたから」


 キーズはこの光輝く公子が本心から微笑むのを見た。

 キーズは思った。


 この公子は眩しすぎるな!

 これほど美しいものを見てしまったら、僕の人生変わってしまうじゃないか!

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