カディラも気が付きます
今、カディラは夢の中に居る。
とりあえず、とてもいい夢のようだ。
目の前に碧色の草原が広がっている。
空には雲一つなく、ひたすら青が広がっている。
ときどき金色の鳥が伸びやかに上空を行きかう。
穏やかで何の心配も要らない素晴らしい時間が流れる。
ふと横を見ると人が居た。
碧の貴石のような瞳が並んでいる。
その人はカディラに微笑みかける。
その人とカディラは草原で寄り添うように座っていて二人で見つめ合っている。
その人の割と大きな両方の手が、カディラの背中から腰をなぞり、また腕から肩に手を這わせてきて、最後にカディラの両頬を包み込んだ。
本当にすぐ傍で顔と顔が向かい合っている。
その人が囁く。
「カディラ、カディラ、愛しいカディラ……」
カディラは目が覚めた。
爽やかな朝だ。
気持ちよく伸びをしてベッドから降りた。
カディラのベッドサイドには父母の形見である黒い輝石の入ったペンダントトップの横に「ルーナ」から預かっている碧の貴石の入った指輪が大事に飾られている。
ペンダントトップはカディラの家に代々伝わっているものだ。
夜空の星々を閉じ込めたような小さな輝きが無数に入っている幻想的な石の周りに細かい装飾が付いている。
この石を見つめるとカディラは集中力が高まる気がしていて雷を呼ぶときにも傍に置くようにしている。
指輪は、魔力の安定の助けになればと、「ルーナ」から提供されたものだ。
トーカル公国からもっと適した貴石が送られてきたら、この指輪を「ルーナ」に返すことになっている。
なんでも「ルーナ」の曾祖父君様の婚姻の際に、嫁いで来られた当時の公妃様に送られた指輪だそうだ。
そんな大切なものをカディラがお借りするのは恐れ多いのだが、確かに「ルーナ」の瞳のようで傍にあると安心できる。
カディラはとても気分がいい。
なんだろう。すごくいい夢を見ていた気がする。
カディラはペンダントトップを片手に取った。
そしていつもなら触れない、刺繍の入った布の上に飾ってある「ルーナ」の指輪も、もう片方の手で優しく握った。
それから、黒い輝石の入ったペンダントトップを持っている方の手になんとなく口付けて、碧の貴石の指輪を持っている方の手にも口付けをして、
今度は両手をそのままそっと、しかししっかり合わせてみた。
両方の手同士がまるでキスをしたみたいになった。
カディラは目を閉じて、そのままの形で両手を胸に引き寄せた。
「んーーーっ」
カディラは、また慎重に指輪とペンダントトップをベッドサイドに並べた。
鼻歌でも歌いたい気分だ。
一歩二歩三歩進んで、
……はたと気が付く。
「…………」
( なに?! いまの?! )
( なに?! いまの?! )
( なに?! いまの?! )
自分は何をしたのだ?
( い、いま、わたし、黒い石と碧の貴石を、……キ……キ……キスさせてなかった? )
( それって、まるで…… )
そのとき急に夢の記憶が脳内に甦ってきた。
夢の中でカディラは「ルーナ」と見つめ合っていた。
本当にすぐ傍で目と目を合わせていた。
( !!! ゆ、夢って、潜在的な願望が現れるんだっけ? )
カディラはしばらく固まり、それから震えた。
ガトゥールがそうだと思っていた通り、昨日、カディラが「ルーナ」に抱きしめて欲しかったのは母にしてもらったときの安らぎを求めたからだった。
そのはずだった。
でも、もしかして違ったのでは?
夢の感じは肉親への情とは大きく異なる気がする。
カディラは別の意味で「ルーナ」に触れたかったのでは?
黒い輝石と碧の貴石を合わせたようにカディラも「ルーナ」と重なりたいと思っている?
「重なりたいってなに?!」
落ち着こう。
うーん、とカディラは考える。
「ルーナ」が女性だということは、彼女の妖精もかくやという浮世離れした美貌からして、この際考えなくていい気がカディラにはする。
性別を超越したところにいる「ルーナ」が、どの道、人間とどうこうなるという想像の方が難しいぐらいだ。
問題なのは……、
「ルーナ」は親愛で抱きしめてくれたのに、カディラの方は煩悩!だった、
ということだ。
「………………いぃぃぃーーーーっ!」
一回だけ叫んだ。
やってしまったことは仕方がない。
「ルーナ」の指輪を見て落ち着こう、としたが、先ほど自分がやったことを思い出して心臓が跳ねた。
いやいや落ち着こう。
それにしても「ルーナ」が何かを感じ取ってカディラを嫌悪していたらどうしよう。
それと……、恐ろしい考えがカディラの脳裏に浮かんだ。
「ルーナ」は『雷帝』が何者であるか知らないにも関わらず、祖国のために『雷帝』の婚約者になろうとサラナームへやって来たような人なのだ。
もし仮に『雷帝』であるカディラが「ルーナ」に懸想しているなどと伝われば、「ルーナ」はどう思うだろう?
少なくともカディラの機嫌を損ねないように意に反して仲の良いふりをするかもしれない。
そんなことになったら、カディラは『残念雷帝』になってしまう!
カディラの過ぎた感情は漏れ出さないようにしないといけない。
「ルーナ様に嫌われるのもイヤだけど、嫌われているのにそうじゃないふりをされるのは……もっとイヤだ!」
自分の邪まな想いなど閉じ込めなくては。
そして、やっぱり「ルーナ」に恥ずかしくない自分にならなくては。
カディラは思った。
遠くでゴロロと一度だけ空が鳴る音がした。




