ルキウスは煩悶します
『雷帝』の仕事場には『雷帝』の作業が見えない位置でトーカル公国の護衛騎士たちも控えていた。
『雷帝』の作業が終わった合図をもらって、護衛対象である「ルーナ」の元へと騎士たちはやって来た。
騎士の一人はアーネストだ。
アーネストの目の前でルキウスがカディラを強く抱きしめていた。
( そっ! れは! まずいだろ! おい! 離れろ! )
ベール越しだがルキウスはカディラと見つめ合っている。
しかもアーネストには今カディラと抱き合っているのが、ルキシャでもルーナでもなく、男のルキウスなのだと分かった。
長年の付き合いで培った勘だ。
ルキウスはまったく「ルーナ」に扮せていない。
アーネストはどうしていいか分からず地面に手を付いた。
腰に下げていた剣の鞘が岩に当たって音を立てる。
カシャーン。
はっとしてルキウスがルキシャのスイッチを入れてカディラから手を離す。
カディラはまだ近くにいてリンドウの花のように清楚に愛らしく微笑んでいる。
まずい。また混乱してきた。吸い寄せられそうだ。
アーネストが声を上げた。
「大っ変っ申し訳ございません!
なんだか立ち眩みがいたしまして」
「おぉぉー、そうかそうか。立ち眩みはまずいな。まずいまずい。
すぐにこの場を撤収しよう!」
応えてキーズが場の収集に努める。
特に誰も違和感なく移動の準備を始めた。
しかし、ルキシャにも「ルーナ」にもスイッチしきれなかったルキウスは人知れず動悸を速くしていた。
「のあああああぁ」
大山羊の輿に乗り込んでルキウスは頭を抱えて呻いた。
大山羊がメェーと返してくれた。
輿には侍女のメリアも乗っている。
国家機密である『奇跡の動力石』の現場に同席を許可されたのは「ルーナ」と護衛騎士数人だけだった。
そのため侍女のメリアは大山羊と待機していたのだ。
メリアはお気に入りの大山羊を見つけて楽しい時間を過ごしていた。
「……ルキシャ、『なんかあったの?』って聞いて欲しい?
サラナームとの取引きは上手く行きそうなんでしょっ?」
『貴石のようなルーナ公女殿下の碧の瞳がカディラの魔力を安定させるようだ』
という仮説はどうやら正しいようだ。
これまで何度か「ルーナ」も同席して検証を重ねている。
ルキシャが持参していた指輪に小さな碧の貴石が入っていたので、それでも試してもらった。
サラナームの魔術研究班がカディラを含めた魔力の大きい被験者に対して魔力量の変化や揺らぎを計測してくれた。
しかし石の大きさが十分ではないからか効果のほどは今ひとつのようだ。
少なくとも「ルーナ」本体が『雷帝』に及ぼすほどの威力は無い。
ただ今後も研究は続行される。
ともかく貴石の方は良いのだ。
問題は、サラナームから『奇跡の動力石』を譲り受けるための条件として、
今後トーカル公国に渡す『奇跡の動力石』は「ルーナ」同席の元で製造されたものであること、
が結ばれる予定の協定書に盛り込まれることで話が進んでいることだ。
つまり定期的に「ルーナ」がサラナームを訪れないといけないことになる。
この条件は「立場上逆らえない相手を詣でさせる」という主旨のものではない。
サラナームはカディラの保護のためとは言え、十八歳のカディラに『黒闇の残酷雷帝』などという不似合いな二つ名を引き受けさせてしまった。
そんなカディラのためを想って国は条件を付けたのだ。
未来永劫、とは求められていない。
トーカル公国の湖水対策工事が終わる頃までには碧の貴石を効果的に用いる手法が整えられるのではないかと魔術研究者たちは考えているらしい。
そうすればカディラの平穏も確保されて「ルーナ」の役目も果たされる。
因みにカディラを国外に連れ出すことは、そうそう出来ることではない。
もし『奇跡の動力石』を欲しがる大国にでも連れ去られたらカディラが動力石製造機として酷使される危険性があるからだ。
そもそもカディラが危機に際して雷を呼んでしまったらカディラ自身も危ない目に遭う可能性が高い。
カディラはサラナームにいれば、攫おうとする輩からも国防のために展開されている魔術で守られている。
と言うことは、
このままだとルキシャはこれからもしばらく「ルーナ」としてサラナームを訪れる必要がある、
と言うことだ。




