ルキシャは雷帝の仕事場に来ています1
本日、ルキシャ扮する「ルーナ」はサラナームの君主であるキーズ自らの案内で『雷帝』の仕事場に来ている。
仕事場と言われてきてみたが崖と崖に挟まれた険しい渓谷だ。
景色として見る分には、なかなかにすごい眺めだ。
地面が割れた中に自分が落ちてしまったような気分になる。
今日のルキシャは薄いベールを被っているが、ベールを少し上げて辺りを見回した。
トーカル公国で育ったルキシャは同心円状に湖・平地・山という三段階の地形変化だけが続く平坦で牧歌的な景色を見慣れている。
それだって大変美しいのだが、サラナームの切り立った山岳の風景はまた違った趣がある。
「キーズ様、素晴らしい場所ですね。
このような壮大な自然の姿には本当に心が動かされます。
サラナームはとても興味深い国ですね」
「サラナームは奇妙な人間ばかりが住む恐ろしい魔の国だと言われていますが、ルーナ殿下のように感じて下さる方がおられると大変嬉しいです」
ルキシャは心からの言葉を述べ、キーズは親しみやすい微笑みを返した。
すぐ後ろに控える侍従長エレンの片眉が少しだけ上がった。
親善大使「ルーナ公女」は言う。
「我が祖国は、
サラナームとは異なる美しさのある長閑な国ですが、
毒蛇の巣くう島や動物が訪れる湯の泉など、珍しい場所もあるのですよ。
是非キーズ様にもアーリン様と一緒にお越し頂きたい」
「アーリンが、我が妃が、随分ルーナ殿下を信奉しておりまして……、
僕としてはつい嫉妬に駆られてっ……っく……いえいえ、ありがたいお言葉。
トーカル公国には近いうちに必ず訪れると約束しましょう。
その際は……」
その際ルキシャはどうするのだ?
「ルーナ」公女として国賓を迎えるのか?はたまた。
キーズが言いかけた言葉にルキシャは背中が寒くなる様な気持ちになる。
なんだかキーズにはルキシャの正体が見抜かれているのかもしれないと感じる瞬間があるのだ。
今日ここに連れて来られたのは、これからのサラナームとトーカル公国の友好の証としての意味合いもあるのだ。
それなのに偽物公女のルキシャがキーズの案内を受けていて良いものだろうか。
ルキシャがサラナームへ入国してそれなりの日数が経過している
なのにまだ自分が偽りの公女であることを打ち明けられていない。
「キーズ様、折り入って……」
ルキシャがキーズに近寄って小声で声を掛けようとしたところで、エレンの言葉が挟まる。
「ルーナ殿下、キーズ様、準備が整いましたのでこちらへ。
このあとの予定もございますので、恐縮ですがお急ぎ願います」
ルキシャは天幕を張った即席の観覧席へと案内された。
そこで『奇跡の動力石』が作られる様子を見せてもらうのだ。
サラナームの国民以外にこれを見せるのは今回が初めてだと言う。
ルキシャたちが見つめる先にいるのは、もちろん、『雷帝』カディラだ。
カディラは夏なのに安全のためだと黒いローブで全身を包んでいる。
長い黒髪は後ろで一つにまとめているが、癖のある毛先が腰の後ろで波打っている。
そして何やら装飾のついた石のような物を両手で持ってそれを見つめている。
カディラの兄ガトゥールは、今日はキーズ付きの護衛ではなくカディラの少し後ろに控えて、しかしどうも「ルーナ」の方を見入っているようだ。
ガトゥールの視線に気が付いたキーズが腕を組んで「うーん…」と唸り出した。
カディラが先ほどの装飾品をローブのポケットに仕舞い、分厚いグローブを着用してから目を閉じ、片手を胸に当てた。
カディラは精神を集中させているように見える。
カディラを包む静謐な空気が荒々しい風景の中で彼女だけをくっきりと浮かび上がらせているような気がして、ルキシャはカディラから目が離せない。
ルキシャは自分の鼓動がドクドクなっていることを抑えられなかった。
天空祭りより前はカディラを想うと気持ちがキリキリした。
祭りの後は……やっぱり胸の高鳴りを抑えられない。
カディラの顔が常に頭の中に在って、綻ぶような笑顔を繰り返し思い出してしまう。
閃光の炎のような『雷帝』カディラに心震えるぐらい魅せられた。
そして彼女の境遇に心を痛め、その彼女から自分が必要とされたことがとても嬉しい。
でも、それだけじゃない。
もう、それだけじゃなくなった。
苦しいくらいだ。
ルキシャはカディラだけを見つめていて、そして、『奇跡の動力石』が雷から作られる奇跡の光景をじっと眺めていた。




