ルキシャは魔術の国を目指します1
正面に見えるのは切り立った山々。
遠くから眺めていたときもそうだったが、今も山の上半分は雲の中だ。
一年を通して山頂は雲に隠れているそうだ。
冬になると山全体が今度は雪にも覆われて人の行き来を拒む。
山には閉ざされた不思議の国があるらしい。
さっきから国境検問所らしき構造物が前方に見えるのだが、進んでも進んでも到着しない。
季節は夏。陽炎も見える。
さてはここにも何か術が仕掛けられていて、迂闊な人間を近付けさせないようにしているのだろうか?
「ルキー、本当に、本当に、このまま進むのか?」
「しつこい!」
「ルキ、ルキシャ様、本当に、直進すんの?」
「しつこいってば!」
「本当に……」
「……」
このやりとり、もういい加減にやめたい。
この護衛騎士は諦めが悪すぎる。
アーネストはしつこい。
いやでも分かる。分かるは分かる。
こんなの無謀だって自分でも分かってる。
持っていた扇子をこの日のために選んだ白いドレスの膝に置く。
「アーネスト、検問所に着く前に馬車を降りて。
同乗していいのは男の護衛騎士ではなく侍女だけ。
わたくしは、これから婚約者となられる方に会いに行くのだから」
「のあああああぁ」
とうとう、アーネストが頭を抱えて呻きだした。
ぎりぎり人間の声に聞こえる。
護衛騎士の訓練に動物の鳴きまねでも入っているのだろうか?
鳴きまね訓練、有ってもおかしくないかも。
何かのときに役立ちそうだ。野営とかかな?………
「ル、ルキシャじゃなくて……ルーナ公女殿下、メリアが参りましたっ」
侍女を務める令嬢のメリアが別の馬車から乗り込んで来た。
現実逃避の思考から一旦引き戻される。
薄いベールを被ったルキシャはメリアの方を向いて頷いた。
馬車から引きずり降ろされたアーネストは別の護衛騎士の馬に一緒に乗せられた。
絶望したアーネストはもう一人で馬に乗っていられない。
あどけなさの残る同乗の護衛騎士が落とさないように頑張ってくれている。
まあアーネストにとっては意識が薄くなっている間に計画が進んでる方が却っていいだろう。
顔ばかりが整っているヘタレのアーネストに対し、令嬢のメリアは立派だ。
とりあえず、この計画に納得してくれている。
この旅路でルキシャの意図を知っている同行者はアーネストとメリアだけだ。
ルキシャは大公一族、アーネストは護衛騎士、メリアは貴族令嬢。
立場は異なるが幼馴染三人組だ。
言っても祖国トーカルは小さな公国だ。
身分の違いなど大して気にしなくていい。
計画は今ここにいるルキシャ本人が立てた。
国と姉を守るため、光り輝くと称される自分の見た目を利用しようと企てたのだ。
ルキシャは祖国を救うために、姉のルーナになりすまして目的地へ向かっている。
非情で苛烈な性格の上に色好みと聞く恐ろしい男のところへ自分を婚約者として売り込みに行くのだ。
そのために何日もかけて国境もいくつか超えて、とうとう最後の検問所を通り険い山に入ろうとしている。
永遠に着かないかと思われたが一行はようやく検問所に到着した。
今朝は日が昇る前に宿を出たというのにもう昼近くだ。
真っ直ぐな道は距離感が分からなくなって困る。
ここまで来るだけで疲れ果てているが、ここから先が、まさしく本当の山場だ。
検問所を超えたら、最近まで鎖国政策を取っていた不思議の国、サラナームへと入るのだ。




