ルーナはやっぱり心配です
もともとサラナームに親善大使として赴き、好色だという『黒闇の残酷雷帝』から『奇跡の動力石』を貰い受ける計画は、トーカル公国の宰相とルーナの間で立てたものだ。
トーカル公国の事態は深刻だ。
ルーナも公国を守るために恐ろしい男へ自分を差し出すと申し出たのだ。
サラナームの君主に妃がいることだけは情報を得ていた。
そこで宰相はサラナームの高官に、
「サラナームの君主は、碧の貴石のごとき瞳を持つ第二妃を迎えるつもりはないか」
と、打診した。
返事は「ない」だったが、公女が親善大使としてサラナームを訪れることは歓迎するとも伝えてきた。
宰相は、
「これは表向き第二妃を断っているが、親善大使としてやってきた公女を見定めたいという含みがあるのではないか」
と、判断した。
そしてルーナはサラナームへ行く覚悟を決めたのだ。
この計画は大公にも知らせず秘密裏に行うはずだった。
大公の人柄なら反対するに違いない。
しかし、ルキシャの耳には入ってしまった。
そして、ルキシャは自分が行くとルーナに言い出した。
もちろん、ルーナは止めたが『残酷な雷帝』にルーナが殺されてしまうかもしれないとルキシャは譲らなかった。
「ルキシャ!わたくしの代わりであなたが殺されて良いわけがないでしょう?」
「大丈夫。少なくとも姉上より俺の方が適任だ。体術も使える。
それに、あの薬がある」
「女は気に入らないと言われたら……、わ、わたくしがあの薬を飲めば良いのよ!」
「落ち着いて。
そもそも俺は薬を飲まなくても、ルキウスにも、ルキシャにもなれるんだ。
あの薬は念のためだ」
ルキシャが言うあの薬とは大変特別な薬だ。
性別を変えることができる。
だだ、飲むと激しい痛みを伴うらしい。
そして薬は一度しか飲むことができない。安易には使えない。
この薬の調合方法は昔ルキシャが探し出したものだ。
ルキシャは、物心ついたときから、自分が本当に公女になることが皆の幸せに繋がるのではないかと性別を変えることについて調べたことがある。
異国の古い文献の中でこの薬の情報を見つけた。
特別な薬草が原料だが、なんとこの薬草、トーカル公国の湖に浮かぶ丸島に群生していた。
丸島は猛毒を持つ蛇の生息地で普段は立ち入り禁止だが、大公の一族は数年に一度、島を訪れて神事を行うことになっている。
ルキシャはこの薬草を得て薬を作った。
ルーナはルキシャからこの薬のことを知らされたときになんだか恐ろしい気がしてルキシャに絶対飲まないで欲しいと懇願した。
そういった経緯のこの薬、もともとは今回の計画と無関係なものだったがルキシャは自分の立てた計略にこの薬を利用しようと言うのだ。
『雷帝』側は公女を歓迎すると言ってきた。
それがどのような意味かは宰相も掴めないようだが、とりあえず初手は「公女」でいいと思う。
ただ具体的な情報が乏しい『残酷雷帝』に気に入られるための切り札として薬に頼る必要性が出てくるかもしれない、とルーナも思わなくはない。
「とにかく『奇跡の動力石』は普通の動力石よりもずっと効率がいいんだ。
あれさえあれば、しばらくポンプを動かし続けられる。
その間に少しずつでも治水工事をやるんだ」
「ルキシャ、いいえルキウス、あなたは次の大公なのに!」
「だからだ!、本当は姉上の方が女大公になるべきなんだ。
父上も母上も、俺が次期大公だって決めつけて、そのせいで姉上を悲しませてる!」
「!」
ルキシャが本当に女になれば、長子であるルーナが皆から求められる形で公国の後継者になるのではないか。
子供の頃のルキシャはそんな考えを持って性別が変えられないかと文献を漁ったのだ。
トーカル公国は代々男性の大公が継承してきた。
普段ルキウスはルキシャとして公女のように扱われている。
それなのに、当然のごとく時期大公であることも皆が疑わないのだ。
でもルーナが自主的に政治について学びを深くしていることをルキシャは小さい頃から知っている。
そんな姉が誇らしかったのだから。
しかしルーナは、自分からは国政への想いを言い出さない。
際立って秀麗なルキシャは頭脳も明晰で人望もある。
周りの期待は否が応でも高まる。
ルーナは言い出せない。
何事も器用にこなしてしまうルキシャだが、実は自身が曖昧な人間だと感じている。
周囲からの無邪気な希望に応えるために公子にも公女にもなれるのだ。
こんな自分には国を統べる役割なぞ向いていないのではないか、と思ってしまう。
そして、ルーナの想いに自分は気が付いている。
だから、中途半端な自分が座らされている椅子が本当はルーナのためのものではないのかと。
ルキシャがずっと考えていたことだ。
ルーナは長年秘めていた葛藤をルキシャに指摘されてたじろいだ。
そして動揺したままルキシャの計略を了承してしまった。
ルーナは現在病気で寝込んでいることになっている。
回復したら大公夫妻の目を盗んで親善大使として国を出る。
宰相とはそのように決めている。
もちろんこれはルキシャの計略によるものであり、ルーナは絶賛仮病中だ。
一方でルキシャはルーナになりすましてサラナームへと出発した。
こちらの随行者にはルーナは予定通りに出発すると伝えたのだ。
関係者は大公夫妻に知られないようにするため、各々が秘密裏に行動していた。
そのおかげで、なんとか各所へバレずにルキシャの計略が進んでいる。
いつもは凛とした気丈なルーナからも泣き言が零れ出る。
「もうほんっとに病気になりそう……」




