第4章:監視官との遭遇
翔は、再び“地上”に立っていた。
だが、以前のようにただの市民としてではない。
今の彼は、情報の亡霊――レイヤーの一員として、この社会に“潜る”者になった。
「本当に俺がやるのか……?」
翔は、耳元のマイクにささやいた。
「ミッション内容は単純。
都心第5管理区の端末を一台、書き換える。
端末のAIに“幻影ループ”を仕掛けて、監視記録の一部を削除させる。
それでスコア修正の履歴が残せるようになる」
みおの声だ。
彼女は、レイヤーの技術担当であり、言わばこの情報戦争の“裏側”を設計する者。
翔が今回使うのは、彼女が作った“擬似幻影ウイルス”。
(つまり俺は……初めて“攻撃する”んだな)
翔は思いながら、制御端末の前に立った。
コンクリートの柱に埋め込まれたグリッドのパネル。
普段は清掃用の機材のように見えるそれは、スコアネットワークの分岐点だ。
翔はポケットから、赤黒のコードチップを取り出した。みおが言っていた。
「君の“脳波”が起動キーになる。翔、君の存在が、武器になるのよ」
深呼吸。思考を集中させる。
過去の自分がどれほど“管理されていた”か、その理不尽に、怒りを。
カチッ
小さな音とともに、パネルが起動した――と、同時に。
「神崎翔。――発見した」
静かな女の声が、背後から聞こえた。
振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。
全身を真っ白な監視官コートで包み、銀の髪をひとつに結い、左目に不自然な光を宿している。
その眼差しは、人間を“対象”として認識するような、冷たいものだった。
「監視官……!」
「コードネーム:ユリ。中央情報統制局所属、第7制御層警邏官」
彼女は機械のように名乗った。
「あなたの思念波動は、既にレイヤーへの適合を示している。
よって、国家安全保障に基づき、即時拘束を執行する」
ユリが右手をかざす。指先から、思考干渉波が放たれた。
翔の視界が歪む――脳の奥を直接“撫でられる”ような不快感。
(くそっ、これが……監視官の能力か!?)
だがそのとき、翔の中に再び“あの声”が響いた。
「拒絶しろ。お前には“領域”がある」
翔の視界の歪みの奥に、ひとつの“空白”が現れた。
そこに思念を流し込むと、干渉波が打ち消された。
「――何?」
ユリの目がわずかに見開かれる。初めて、感情が揺れた。
「君、能力を……制御し始めているのか……?」
翔は、自らの手のひらを見た。
そこには、ユリの波動とは異なる“紋様”が浮かんでいた。
情報でも言葉でもない――これは、“心象”だ。翔自身の意志が、生んだ力。
(俺は……戦える)
翔はそう思った。
「ユリ。お前に聞きたいことがある」
「……何?」
「お前は、俺を殺すつもりなのか? それとも……怖いのか?」
ユリは答えなかった。だが、その沈黙が、翔の中でひとつの確信に変わっていく。
(この世界は、嘘だらけだ。でも……その中で、まだ“選べる人間”がいる)
翔は、その場から一気に離脱した。
思考を干渉空間に流し込み、瞬時に視覚を欺く――擬似幻影。
ユリの目から、翔の姿が一時的に“消えた”。
だが彼女は呟く。
「神崎翔……興味深い。君の自由は、どこまで行けるのか」