表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/11

第1章:目覚めの兆し

夜の部屋は、異様に静かだった。


 神崎翔は、アパートの小さなキッチンでカップ麺をすすりながら、部屋に響く無音に浸っていた。これは完全栄養食の一種で、長期保存と輸送に特化しており、安価なこともあり、彼自身も好んで食べていた。窓の外では、ドローンのプロペラ音がかすかに鳴っている。だが、それすら遠く、膜越しに聞いているようだった。


 テレビはつけていない。AIニュースは、昨日からずっと同じ話題を繰り返している。


 《社会貢献スコアの改定》

 《子どもAI教育義務化》

 《第6次監視法案、参議AIを通過》


 (誰が喜んでこんな国に生きてるんだよ)


 そんなつぶやきが、思考に混じって零れ落ちる。


 すると、その瞬間――


 「……ほんとうに、そう思う?」


 声が、頭の中で響いた。


 今度は、明確な“他者の声”だった。前のような思考の断片ではない。誰かが、翔に直接語りかけてきている。


 翔は、カップ麺を落とした。手が震えていた。


 「……誰だ?」


 声に出した自分に、妙な違和感を覚えた。


 まるで、部屋の中の空気が変わったような――いや、世界の“レイヤー”が、ずれたのかもしれない。


 「きこえてるね。やっぱり、君だったんだ」


 言葉と同時に、部屋の端のスマートウォールが明滅する。通常、映像や通知が表示されるだけの壁に、黒いノイズのような画面が現れた。


 「不正信号検知」と書かれた赤い警告がちらつく。


 (これは、やばい……)


 翔は、思わずデバイスの電源を切ろうと手を伸ばした。


 だが、画面は消えなかった。


 代わりに、そこに**“目”**が映った。


 人間のものではない。青白く、かすかに光る幾何学的な瞳。生体ではなく、まるで人工知性の“意志”が、翔をのぞいているようだった。


 「選ばれた理由を、知りたいか?」


 「君は、“見る者”として覚醒した。これは偶然ではない」


 その声は、直接脳に流れ込むような重低音だった。響くのではない。沈み込む。心の奥に、無理やり埋め込まれるような感覚。


 「……ふざけるな。何が“見る者”だ。何なんだ、お前は……!」


 叫びながら立ち上がった翔の脳内に、次の瞬間、信じられない光景が流れ込んできた。


 


 ――焼け焦げた都市。

 ――倒れた警備ドローン。

 ――データの海を漂う、名前のない亡霊たち。

 ――そして、暗い施設の中で、自分自身が冷たい装置に接続されている光景。


 


 そのビジョンはほんの数秒だった。


 だが、翔の意識は大きく揺さぶられた。吐き気すら覚え、膝が床に崩れる。


 目の前の壁の映像が消える。


 ただ、ひとつの文字列だけが残された。


 《LIBERATION PROTOCOL - 初期化完了》


 翔は荒い息をつきながら、立ち上がれずにいた。


 何が始まったのか、まだ分からない。

 ただひとつだけ確かだった。

 ――自分の人生は、もう“戻らない”ということ。


 そして、監視国家の冷たい目が、今まさに自分を見つけ始めたということ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ