隔離区000
都市の北端、廃線となったモノレールのさらに奥――
公式記録にも地図にも存在しない、灰色の領域がある。
それが「隔離区000」。
スコア管理が導入された初期、人間の感情や思想をAIで完全に数値化できると信じられていた頃――
スコアが極端に低くなった人々を一斉に“隔離”した区域があった。
その地は、今もなおシステム上では「存在していない」。
ミオの導きで翔は、都市の地底へと潜った。
老朽化した水路。剥がれた警告パネル。
「進入禁止」と記されたサインが、苔むした壁に無数に貼られている。
「翔、心の準備はしておいて。ここにいるのは、人間でありながら“存在していない”人たちよ」
「……」
「社会貢献スコアの最低値、ゼロ。
呼ばれている名前は“ゼロの民”。
あなたの目に、彼らがどう映るか……それを、知ってほしいの」
やがて、コンクリートのトンネルを抜けると、広大な空間が現れた。
そこはかつての地下貯水施設。
今では、粗末なテントや掘っ立て小屋が無数に建ち並び、“生き残る”だけの社会が形成されていた。
煙の匂い。機械油。腐った食料。
子どもがこちらを見ている。
ボロボロの毛布をまとい、何も言わずに。
翔の胸が締め付けられる。
(これが……俺たちの社会の“裏側”か)
「ミオ、ここにいる人たちは……」
「みんなかつて“普通の市民”だった。
でも、感情の乱れ、職務怠慢、発言の逸脱――理由はそれぞれ。
スコアが下がれば、どんな理由でも“削除対象”になった」
「……でも、殺されたわけじゃない。生かされてる。なぜ?」
ミオは口を噤んだ。
だがそのとき、翔たちに近づいてくる影があった。
「……見慣れねえ顔だな」
錆びた金属パイプを持った初老の男が、目を細めて言う。
顔にはスコアタグの焼印。
皮膚を抉ったようなその痕は、二度と“社会”に戻れないことを意味していた。
「見張りの“クロウ”よ。ここの実質的なリーダー」
ミオが言うと、クロウは翔を睨みつけるように見た。
「てめえ、スコア残ってんだろ? 匂いでわかる。
この場所に“ノイズ”を持ち込むな。
俺たちには、もう救いなんざない。
だがな、“自由”ってのは……忘れちゃいねえ」
「自由?」
翔は思わず問い返す。
クロウはにやりと笑った。
「この地獄みたいなとこにいても、目を閉じれば夢を見れる。
誰にも命令されねえ。今日を生きるのも、死ぬのも自分の意思で決める。
それが、俺たちに残された“唯一の自由”だ」
翔の胸の奥で、何かが静かに反響した。
(自由……)
この男は、捨てられ、見放されても、なお「自由」を口にする。
その言葉に、重みとリアルがあった。
「翔、彼らの中には……思念ネットワークに適応した者もいるの。
まだ完全ではないけど、“共鳴”が始まりかけてる。
あなたが触れれば……」
ミオが言いかけたそのとき。
遠くで、爆発音が響いた。
「警告。制御不能な波動を確認。隔離区000へのアクセスが外部に漏洩した可能性あり」
モノトーンの音声が空間に響き、天井の古びたスピーカーが点滅する。
翔の背筋が凍る。
「来るわ。監視官よ」
クロウが笑った。
「はっ、ついに“あいつら”もここを忘れちゃいねえってわけだ。
面白え、翔――てめえにその“力”があるなら、見せてみろ。
ここにいる全員が、てめえの“自由”を見てるぜ」




