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供養作品集

純正ヒロインに弄ばれただけの男の話

作者: 月乃宮 夜見

「純正ヒロイン」に弄ばれただけの男の話。


ちなみに婚約者を蔑ろにはしていなかったので、救いがあります。

エルトリア王国の王都にそびえる学園の尖塔から、夕陽が赤く染まる。僕、アルヴィン・レスタードは、図書室の窓辺に座り、魔法理論の書物を手にしていた。宰相の息子として、完璧な成績と振る舞いを求められる日々。だが、心のどこかで、僕はいつも空虚だった。


その日、図書室の扉が勢いよく開いた。現れたのは、金髪が陽光のように輝く少女、リリアナ・セレステ。聖女候補と噂される少女だ。彼女は僕を見つけるや、満面の笑みで駆け寄ってきた。


「アルヴィン! ねえ、魔法の歴史って面白いよね! 教えてよ!」


彼女の声は、まるで風鈴のようだった。僕は本を閉じ、内心の動揺を隠して答えた。


「興味があるなら、この本がいい。簡潔で要点がまとまっている」


リリアナは目を輝かせ、僕の隣に座った。彼女の純粋さと、誰にでも分け隔てない笑顔に、僕は初めて胸の高鳴りを感じた。宰相の息子として、誰もが僕に敬意を払うこの学園で、彼女だけが「ただのアルヴィン」として接してくれた。


それから、彼女は毎日のように図書室に来た。魔法の話、歴史の話、時には他愛もない雑談。彼女が笑うたび、僕の心は温かくなった。


「いつまで君は僕に会いにきてくれるのかな」


そんな言葉が、胸の奥で囁いた。でも、口には出さなかった。彼女の笑顔が、僕の答えで曇るのが怖かったから。


僕は知っていた。彼女は僕に笑いかけてくれるけど、僕を見ていないことを。何か、隠している。


---


変化が起きたのは、英雄候補のカイル・ヴァルドが学園に現れてからだ。カイルは剣の腕と熱血な性格で、たちまち学園の注目の的となった。リリアナは聖女として、カイルと共にあちこちの試練に挑むようになった。


最初は、彼女が忙しいだけだと思っていた。だが、図書室で一人、夜を待つ時間が長くなるにつれ、僕は気づいてしまった。彼女の笑顔が、僕ではなくカイルに向けられていることを。


ある日、学園の中庭で、彼女がカイルと笑い合う姿を見た。彼女の瞳は、かつて僕を見ていた時と同じ輝きを放っていた。いや、もっと強い光だった。僕の胸は締め付けられ、足が動かなかった。


「いつから君は僕に会いにきてくれなくなったのだろうか」


その夜、僕は自室で天井を見つめ、呟いた。リリアナの笑顔が脳裏に焼き付いて離れない。彼女を支えたかった。彼女のそばにいたかった。でも、彼女の運命は聖女として、カイルと世界を救うこと。僕の場所は、そこにはなかった。


宰相の息子としての責任も重くのしかかる。父の期待、学園での完璧な振る舞い、未来の宰相としての道。だが、リリアナを失った今、すべてが無意味に思えた。僕は何のために生きているのだろう。


---


リリアナの居ない日々が、重い。

リリアナがいないこと以外は同じ日々のはずなのに。


エルトリア王国の王都を見下ろす学園の図書室。高い窓から差し込む夕陽が、埃の舞う空気を赤く染める。僕は、いつものようにこの静かな場所に座っている。目の前には魔法理論の書物が広げられているが、文字はまるで意味を失った記号の羅列だ。ページをめくる指は機械的で、心はどこか遠くにある。


リリアナが来なくなって、どれくらい経っただろう。一週間? 一ヶ月? 時間は粘つく泥のようで、過去と現在を曖昧に溶かす。彼女がいた頃、図書室は色に満ちていた。彼女は魔法の話を聞きたがり、僕の言葉に目を輝かせた。あの時間は、まるで夢だった。


僕は彼女の笑顔を浴するだけで満足していた。だが、彼女の心は英雄候補のカイル・ヴァルドに奪われた。聖女として運命に導かれた彼女は、僕の知らない光を追いかけて去った。


今、図書室はただの石の部屋だ。彼女の笑顔が消えた瞬間、色も音も失われた。リリアナの居ない日々が、重い。リリアナがいないこと以外は同じ日々のはずなのに。同じ本、同じ窓、同じ夕陽。なのに、なぜこんなにも胸が締め付けられるのだろう。


学園の日々は続く。父からの手紙が届いた。「アルヴィン、宰相の息子として恥じぬよう、学業と社交に励め」。その言葉は、まるで鎖のように僕を縛る。父の期待、貴族社会の目、未来の宰相としての道。すべてが重く、息苦しい。だが、抵抗する気力もない。リリアナがいた頃、彼女の笑顔が僕に力を与えてくれた。彼女が「アルヴィン、君って本当にすごいね」と言ってくれたから、僕は完璧でいられたのだ。


今、彼女はいない。僕の努力は、誰のためにあるのだろう。完璧な答案、模範的な振る舞い、すべてが空虚だ。リリアナの居ない日々が、重い。リリアナがいないこと以外は同じ日々のはずなのに。なぜ、こんなにも世界が色褪せて見えるのだろう。


---


そんなある日、父から呼び出された。


「アルヴィン、婚約者のエレノア・フィオーレが学園に転入する。彼女を丁重に迎えなさい」


エレノア・フィオーレ。辺境伯の娘で、僕の婚約者。幼い頃に決められた縁談で、顔もろくに覚えていない。義務感から、僕は彼女を迎え入れた。


エレノアは、想像以上に控えめな少女だった。栗色の髪をシンプルに結び、緑の瞳はどこか不安げだ。貴族の令嬢らしい華やかさはないが、彼女の落ち着いた声には不思議な力があった。


「アルヴィン様、よろしくお願いします。私、貴方の負担にならないよう努めます」


その言葉に、僕は少し苛立った。彼女もまた、僕を「宰相の息子」としてしか見ていないのだと。


「好きにすればいい。僕には関係ない」


冷たく言い放ち、背を向けた。だが、エレノアは怯まず、静かに微笑んだ。


「それでも、私には関係あります。貴方の婚約者ですから」


その言葉が、なぜか胸に引っかかった。


---


エレノアは学園で目立たない存在だった。辺境出身ゆえ、貴族の令嬢たちから「田舎者」と陰口を叩かれていた。それでも、彼女は魔法の授業で驚くべき才能を見せた。彼女の魔法は、風と水を操る繊細なもの。力強さはないが、まるで自然と調和するような美しさがあった。


ある日、魔法の実技試験で、彼女は高位貴族の令嬢と対戦した。相手は強力な炎魔法で圧倒したが、エレノアは冷静に風を操り、炎を逸らして勝利した。観客席から、僕は彼女の姿に目を奪われた。彼女の瞳には、怯えではなく、静かな決意があった。


試験後、彼女が一人で庭園にいるのを見つけ、思わず声をかけた。


「なぜ、あんな無謀な戦い方をした? 怪我をしていたらどうする」


エレノアは驚いたように振り返り、微笑んだ。


「アルヴィン様が心配してくれるなんて、意外です。私は、自分の価値を証明したかっただけ。貴方の婚約者として、恥ずかしくない自分でいたかったんです」


その言葉に、僕は言葉を失った。彼女は、僕のために戦っていたのだ。義務だと思っていた婚約が、彼女にとっては大切な絆だった。


「君は…僕のことをどう思っているんだ?」


思わず尋ねると、エレノアは少し頬を赤らめ、答えた。


「貴方は、いつも一人で頑張っているように見えます。だから、私には関係ないなんて言わないでください。貴方のそばにいたいんです」


彼女の真っ直ぐな瞳に、僕はリリアナを失った痛みを思い出した。だが、同時に、別の温かさが胸に広がった。


---


数週間後、学園でリリアナと再会した。彼女はカイルと魔物の討伐から戻ったばかりで、疲れていながらも輝いていた。


「アルヴィン、久しぶり! 元気だった?」


彼女の笑顔は、昔と変わらない。だが、僕の心はもうあの頃のようには高鳴らなかった。


「君が幸せそうで、よかった」


そう答えると、リリアナは少し悲しげに微笑んだ。


「アルヴィン、ありがとう。君が支えてくれたから、私は自分を信じられた。ごめんね、最近来れなくて」


その言葉は、僕の心を軽くした。彼女への恋心は、確かに過去のものだった。僕は彼女を愛していたが、それは彼女の幸せを願う気持ちに変わっていた。


「いいんだ。君は、君の道を進め」


リリアナは頷き、カイルの元へ戻った。彼女の背中を見送りながら、僕は呟いた。


「君は僕にとって光だった。でも、君が去った日から、僕は変われた」


---


学園の平和は、突然の魔物襲撃によって破られた。王都近郊に現れた巨大な魔狼の群れ。リリアナとカイルが討伐に向かうが、魔物の数が予想以上に多い。学園の生徒たちも防衛に駆り出された。


僕は戦略を立て、魔法使いたちを指揮した。だが、魔狼の猛攻に押され、負傷者が増える。そこへ、エレノアが駆けつけた。


「アルヴィン様、私に任せてください!」


彼女は風魔法で魔狼の動きを封じ、水魔法で仲間を援護した。彼女の魔法は、まるで戦場に舞う蝶のようだった。僕は彼女の背中を見ながら、初めて「誰かを守りたい」と強く思った。それは、リリアナへの恋とは違う、もっと深い決意だった。


「エレノア、僕を信じろ。一緒なら、勝てる」


彼女は驚いたように振り返り、力強く頷いた。


「はい、アルヴィン様!」


僕の戦略とエレノアの魔法が融合し、魔狼の群れを撃退。リリアナとカイルも無事に戻り、王都は救われた。


---


戦いの後、僕はエレノアを学園の庭園に呼び出した。彼女は少し緊張した様子で現れた。


「エレノア、君のおかげで、僕は変われた。リリアナを失った時、僕は自分を見失っていた。でも、君がそばにいてくれたから、僕は本当の自分を見つけられた」


エレノアの瞳が揺れた。僕は彼女の手を取り、続けた。


「君がいてくれるなら、僕はどんな未来も怖くない。エレノア、僕と一緒にいてくれ」


彼女は涙を浮かべ、微笑んだ。


「アルヴィン様…私も、貴方と一緒に強くなりたい。一緒に、未来を作りたいです」


彼女の手を握り、僕は初めて心から笑った。リリアナが去った日から、僕の心は凍りついていた。だが、エレノアの温かさが、僕を解き放ってくれた。


---


数年後、僕は宰相として父の後を継いだ。エレノアは僕の妻となり、辺境で小さな魔法学校を設立した。そこでは、貴族も平民も関係なく、子供たちが「自分を信じる」ことを学んでいる。


ある日、エレノアが校庭で子供たちに魔法を教える姿を見ながら、僕は呟いた。


「君が去った日から、僕は本当の自分を見つけた。そして、君がいてくれるから、僕はどんな未来も愛せる」


エレノアが振り返り、笑顔で手を振る。その笑顔は、僕の心を永遠に照らす光だった。

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