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第一話 揺らぎの始まり(Ace of Cups)
霧の立ちこめる湖畔。水面は静かで、どこか神聖な気配を帯びていた。
レオが一歩踏み出すと、波紋が広がり、湖の中央からゆっくりと杯が浮かび上がる。透明な水を湛えたその杯は、まるで心の中に直接語りかけてくるようだった。
「それは、“感情の源”」
そう語りかけてきたのは、薄衣をまとった女性――ミレナ。湖の巫女だ。
「喜びも、悲しみも、愛しさも……この杯から流れ出るものなのよ」
レオは恐る恐る、その水に指を触れた。
冷たく、柔らかく、どこか懐かしい――そして、胸の奥で何かが溶けていくのを感じた。
「旅を続けるなら、心を閉ざしちゃいけないわ」
「でも……傷つくのも、怖いんだ」
ミレナは微笑んだ。
「傷ついたとしても、感情は決して消えない。形を変えて、あなたの力になる」
レオは杯を手に取り、そっと抱きしめた。
こうして、心の旅が始まった。