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第9話 御伽噺のような

 前国王陛下の喪が明け、アイリーンの戴冠式が無事に終わると、王都では新たな女王の誕生を記念して盛大な式典が催された。


 歴史ある宮殿には色彩豊かな旗や幕が掲げられ、床には花弁が敷き詰められていた。会場には、季節を感じさせる豪華な料理が次々と運ばれてくる。



「アイリーン女王陛下ー!」



 相変わらず彼女は凄まじい人気である。


 新たに即位した女王陛下を一目見ようと、朝早くから宮殿の前庭には人集りができていた。


 そしてリナリアも、その一人だった。


 ルカシオンと再会してから、この戴冠式の日まで、仕事にも行けず、ろくにご飯も食べられず、ただ家の中で祈るように過ごしながら、リナリアはいろんなことを考えた。


 最近の噂。彼の言葉。自分の気持ち。そして、これからのこと。


 たくさん悩んで、泣いて。そしていつしか泣き疲れて、夢の中へと落ちていく。


 そんな日々を繰り返して、やっぱり思ったのだ。

 彼のことを諦めることなんてできない、と。少なくとも、今はまだ。


(だって彼は、あのとき、私の眼を見ていなかった……)


 いつだってまっすぐに目を見つめてくる彼が、視線をずらしたままだったのだ。

 リナリアはそのわずかな仕草に、自分への気持ちの微かな片鱗を見た気がした。

 

 もしかしたら、自分の都合のいいように解釈しようとしているだけかもしれない。

 でも、今は、小さなことでいいから、何かに縋りたかった。なんだっていいから彼を諦めなくていい理由がとにかく欲しかった。

 


 式典に来たのは、そんな決意の表れでもあったし、彼の姿をもしかしたら一目見れるかもしれないという気持ちもあった。


 リナリアが王宮の前庭に到着した頃にはすでに、王冠を頭にのせたアイリーンが、バルコニーに姿を現していた。


 にこやかに微笑んで手を振るアイリーンを前に、至る所から「アイリーン女王陛下万歳!」という声が響いてくる。


 アイリーンが一歩踏み出すと、後方の窓際に控えていた宰相が合図を受けて、彼女の声を筒状の拡声器によって拡げ、群衆の元に届ける。


「無事に今日の日を迎えることができて、わたくしは嬉しく思います。長年国のために尽くされてきた前国王、王妃両陛下も、大変喜んでおられることでしょう。


 わたくしは二人の偉業を受け継ぎ、この国をさらに発展させることを約束します。皆の働きで、この国をさらに盛り立ててくれることを期待しているわ」

 

 アイリーンが言葉を切ると、群衆からは拍手と喝采が沸き起こった。


 一呼吸おいてからアイリーンは斜め後ろに視線をやると、後ろに控えていたらしいルカシオンを呼び寄せた。両手を広げて群衆を静めると、再び喋りはじめる。


「そして、わたくしはここに、ひとつの宣言をします。この勇気ある騎士、ルカシオン・ナレが、本日よりわたくしの専属護衛騎士となるわ。ルカシオン、前へ」

「はっ」


 急なルカシオンの登場に動揺するリナリアをよそに、ルカシオンがアイリーンの前に恭しく跪き、深く頭を垂れた。


「我が剣と忠誠を、唯一無二の女王陛下に捧げます。我が命が尽きるそのときまで、陛下の盾となり、剣となりましょう」


 まるで彼の決意を表したかのような、固い声だった。

 刹那、アイリーンの瞳は何かを躊躇うように揺れた気がしたけれど、しかしそれもほんの僅かな間だけ。

 一瞬閉じられたその瞳が再び開いたときにはすでに迷いは消えていた。まっすぐな瞳でルカシオンを見つめ、膝をつく彼の項を剣で打つ。


「ルカシオン、顔を上げなさい」

 

 女王の柔らかな声が、冷たい空気を和らげるように響く。

 ルカシオンはゆっくりと顔を上げ、アイリーンのほうをまっすぐに見つめた。その瞳にどんな色が宿っているのかは、リナリアからは見ることができない。


 二人は束の間、沈黙したまま視線をそらさずに見つめ合った。


「ルカシオン、今の誓いを決して忘れないでちょうだい。これからもわたくしを、そしてこの国を守るために、力を尽くしてくれることを期待しているわ」

「はい、陛下」


 ルカシオンが深く頷くと、アイリーンは一拍間をおいて、優雅に微笑んだ。


 御伽噺のようなその光景を、息を呑んで見守っていた群衆の間で、ざわめきが広がりはじめる。


 それは次第に歓声へと変わり、群衆は大きく沸き上がった。


 新たに誕生した女王陛下と護衛騎士、二人を祝福するかのように、バルコニーを色とりどりの花弁が花吹雪となって舞い踊る。


 リナリアはそんな二人を目に焼き付けるように見つめていた。


 アイリーンは、統べるものとしてふさわしい威厳を保ちながら、堂々とした力強い視線で民衆に応えている。


 そして儀式用の豪奢な軍服を着たルカシオンは、これまで見たこともないほどに勇ましく、精悍で、まるでそこにあることが当たり前のように、女王の隣に馴染んでいた。


 そんな二人の姿は、外から見ても仲睦まじく、とてもお似合いに見えた。


 リナリアは内面とは裏腹の薄っぺらい笑顔の仮面を貼り付けたまま、二人を祝福するように、ただ機械的に両手を打ち合わせる。



  ――――騎士になることを決めたのは、それから数日後のことだった。





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