表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/11

第4話 私の居場所だったところ

「リナリア! 何度も言わせるな! そこはもっと足を開いて、踏み込むんだ!」

「はい!」


 鋭い目つきで厳しく檄を飛ばすのは、上官であるシード・レラー少佐。

 彼はかつてリナリアの働いていた食堂の常連客であり、騎士団に入る前、剣を握ったことさえなかったリナリアに、一から剣を教えてくれた恩人でもあった。


 熱い日差しが降り注ぐ訓練場で、重い剣を握りしめ、何時間も続けて剣を振っていたリナリアは滝のような汗を流し、肩で息をしていた。


「ただおもちゃのように振るだけでは、戦場ではなんの役にも立たんぞ! お前の守りたいものはなんだ!?」


 その言葉に彼女は歯を食いしばって姿勢と呼吸を整えると、一歩前に出る。

 強く踏み込んだリナリアの剣は、軍でもトップレベルの剣の使い手とされるシードの体には届かなかったものの、彼は静かに頷き、冷たい表情の奥にやっと微かな満足の色を見せる。


「それでいい。殲滅作戦にお前を加えていいものか、悩んでいたが……今の調子ならば問題ないだろう。ただし、体力のなさをもう少しどうにかしろ。西の大森林に着く前に倒れてしまわれては構わん。とりあえず訓練所を十周して今日は終わりだ」

「はい」

「無理はするなよ」


 労いの言葉をかけたシードが訓練所を去るまで腰を折って見送ると、リナリアはそのまま休憩することもなく走り始めた。


(前に……とにかく、前に進まないと)


 長時間の訓練と、熱い日差しのせいですでに目の前はクラクラと霞み、足も鉛のように重かったが、倒れ込みそうになる自分を叱咤する。


『お前は騎士に向いていない』


 拒絶と呆れが入り混じった男の冷たい言葉が甦った。


 リナリアが彼を追いかけて軍に入ると決めたときも、入ってからも。

 ひたすらに無関心を貫き続けていた男から三ヶ月前に言われた言葉だった。

 

 もちろん、優しい言葉を期待していたわけではない。……ただ、冷水を浴びせるようにピシャリと言い切ったルカシオンからは、かつての気持ちの残骸さえ少しも感じられなくて、そのことが堪らなく寂しかった。

 

 もう誰も助けてくれない。もう二度と神様には願わない。


 ――――自分の手ですべて取り戻してみせる。

 

 運命に裏切られた『あの日』から、それだけが彼女の信条になっていた。


 心の中で、幼い頃から抱き続けてきた夢が燃え上がり、その炎が自分の身を燃えつくすようだ。

 いつかこの炎が、リナリアの人生さえも滅ぼすのかもしれない。


(だけど……それでもいい)


 もともと何もなかった人生なのだ。血のつながった家族もおらず、特別な力も持たないただの孤児出身である自分。

 そんな自分が、たった一つの恋に自分の人生を全部かけたって悪くないだろう。


 マレサからは、「まさに悲劇のヒロインね」なんて揶揄われたこともあるけれど、リナリアは悲劇で終わらせるつもりなんてない。

 彼になんと言われても、周りがどんな噂をしていても、彼を諦めることなんて到底できないのだから。


 リナリアは顎を上げると、さらに足を速めたのだった。




 そしてそれから数刻後。


 夕日が降り注ぐ王宮内を、リナリアは自身の部屋がある軍部の宿舎に向かって歩いていた。

 一日中訓練と任務で酷使した体にはもう少しも力が入らず、体中が悲鳴を上げているようだ。今すぐにでもふかふかのベッドに倒れ込みたい。


 そんな気持ちを必死に抑えながらひと気のない回廊を歩いていたリナリアは、見覚えのある姿を発見して足を止めた。


「ルカ……」


 ――彼が、いた。

 

 その腕に、女王陛下を抱いて。


 ルカシオンに抱き上げられたまま運ばれているアイリーンは、ぐったりとしていて顔色も悪く、いつも力強く輝いている赤茶色の瞳は閉じられていた。


 遠目から見ただけでも、あまり体調が芳しくないのがわかる。


 最近は例の殲滅作戦に向け、寝る間も惜しんで執務をこなしているとのことなので、おそらく無理をしすぎて倒れてしまったのだろう。彼女が自分を犠牲にしてでも他の人のために力を尽くそうとする性格だというのは、嫌と言うほどによくわかっている。――初めて会ったときもそうだったから。


 女王としての通常の執務に加えて、軍の総司令官の役割も担い、何かあった時には真っ先に剣を持って突撃するような女傑であるアイリーン。


 彼女に対するリナリアの感情は、とても複雑だ。

 むしろ、ルカシオンを奪っていった恋敵、なんて一言で済ませて憎んでしまえれば、どれだけ良かっただろう。


 アイリーン様は――とても美しいこの国の女王陛下は、外見だけでなく、内面まで美しい。


 彼女はルカシオンの命を救ってくれた恩人でもあるが、それとは別問題で、彼女の性格自体が、人に嫌われるようなものではないのだ。


 まだ見習いだったリナリアに、労いの言葉をかけて、ボロボロになった手を治療するための塗り薬を直接手渡してくれたこともある。


 完璧な人格者である、美しい女王陛下。

 

 この国に住む人々なら貴族でも平民でもそう口をそろえて称賛する彼女は、二十歳になる前に立て続けに両親を亡くし、若くして即位した。

 その頃、この国は内政面でも外交面でも問題を抱え込んでいたので、彼女一人に背負わせるにはあまりにも重すぎる重責だっただろう。

 

 しかし彼女はその手腕であっという間にこの国を立て直し、自分の力でその地位を確立したのだった。

 

 リナリアはそんな彼女のことを心から敬愛しているし、騎士になったときに立てた誓いも本物だ。


 だからこそ――


そこ(・・)は、私の居場所だったのに……)


 そう思ってしまう自分が一番、嫌いだ。


 リナリアの心の奥にある炎が、さらに身を焦がすような勢いでめらめらと燃え盛る。その炎に色があるとしたら、今はきっと醜くどす黒い色をしているだろう。ちょうど今のリナリアの瞳のように。


 今誰も周りにいなくて良かった、と心から思った。


 きっと誰にも見せられないような、嫉妬と羨望に燃え上がっている醜くゆがんだ顔をしていたはずだから。




 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ