第1話 変わってしまった彼
「リナリア。もう俺はお前のものにはなれない。すでに身も心も、全てアイリーン様に捧げている。お前に差し出せるものは何もない」
それが、リナリアがベッドの上で目を覚ましたとき幼馴染のルカシオンから一番にかけられた言葉だった。彼と言葉を交わすのは実に三ヶ月ぶり。
それも、最後に交わした会話は彼からの一方的な
「お前は騎士に向いていない。諦めるなら早いほうがいいだろう」
という戦力外通告だったのだから、意固地にもなるというもの。
リナリアはなんとか役に立つところを見せようと必死になった結果、連日の無理がたたり、軍の訓練中に倒れてしまったようだった。
「……ルカ、私……」
「……そう呼ぶのはやめてくれ。俺はもうお前の恋人でもなんでもなく、今はただの上司と部下なのだから」
リナリアの言葉を遮るその声も表情も、なんの温度も灯していない。
軍部の頂点に立つ大将軍であるルカシオンと、ただの下っ端であるリナリア。同じ平民として生まれ、同じ孤児院で育ったはずなのに、その身分には天と地ほどの差がある。
異例の早さで出世し、この国の英雄となったルカシオンはリナリアと同じ孤児院で育った幼馴染であり、かつては恋人としてともに暮らしていたこともあったが、もう気軽に会話をすることすらできなくなってしまった。
『英雄様』
『大将軍様』
『ルカシオン様』
一騎当千の騎士である彼を人々は尊敬を込めてそう呼ぶ。
リナリアだけが、どうしても呼べない。
――そう呼んでしまうと、彼との関係が決定的に変わってしまうような気がして。
「リナリア、お前はどうして騎士になった?」
「それは……」
とっさに言葉に詰まったリナリアは、無意識に左手首を撫でる。
緑色の小さな石が嵌め込まれただけのシンプルなブレスレットが、しゃらりと小さな音を立てた。
ルカシオンが音につられたように一瞬だけそこに視線をやった気がしたけれど、気のせいかもしれない。
次の瞬間には、凍てつくような鋭い瞳がリナリアのことを射抜いていた。
「生半可な覚悟でここにいるなら他の騎士たちにも失礼だ。無理をして怪我でもすれば、俺が自分のもとに戻ってくるとでも思っているのか?」
「そんなことない。私はただ、ほんとうに……、あなたの役に立ちたくて……!」
「それが迷惑だと言っているんだ」
冷たくそう言い放つと、ルカシオンは座っていた椅子を蹴飛ばすように立ち上がり医務室の出口へと向かう。
(お願い……行かないで。そばにいてほしいの、ルカ……)
その想いは言葉にすることができなかった。代わりに、ポロリと一粒だけ小さな雫が目尻から零れ落ちる。
ルカシオンの背中が一度も振り返ることなく扉の向こうへと消えていくのを、一度も瞬きすることなく、じっと刻み付けるように見つめていた。
(――ずっと、そう)
あの日。この国唯一のお姫様に出会ってしまった寒い雪の日から。
氷のように冷たく固まったリナリアの想いだけが、置き去りにされているのだ――――
新連載始めました。
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