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けものの分かれみち【安曇の航海日誌】

作者: rival



「お館様ー!安曇、帰りやしたーー」



安曇は大きな屋敷の門を潜るや否や、大声を上げて周囲に知らせた。


右脇に抱えるのは三巻の巻物だった。


大声を上げたり、大きな足音を立てながら歩き回るその横柄な態度を誰も咎めない。



屋敷の中にはたくさんの使用人が居るが、皆、安曇の姿を見ては立ち止まり、小さく会釈をして迎えている。



「おー館様ぁーー居ねえの?」



“お館様”がいつも居るはずであろう、その部屋を覗き込むが人の気配は無い。


ふぅ。とため息を吐きながら、どうしようかと頭を掻いていたのも束の間の事だった。



「帰りを待ち侘びたぞ!安曇!!」


驚かさんばかりに、背後から声をかける。

それも安曇以上の大声だったので、思わずビクっと体を震わせた。


安曇は心臓が飛び出るかと思うくらいに驚いたが、すぐにその人物の前で跪いた。



「お館様。安曇、北方の地より戻りました。」



門前での大声とは打って変わって、落ち着いた声量で話すと、手に持っていた巻物を丁寧に献上した。



「うむ。ご苦労。」



貴族の衣服を纏ったお館様と呼ばれる人物は、巻物を受け取ると安曇を部屋へと通した。



貴族の男は広い一室に座ると巻物を広げて読み始めた。





安曇も始めは大人しく座っていたのだが、徐々にソワソワし始める。


「一隻しか戻らなかった理由はコレか…。この話は真か?」


木笏で巻物を指し示しながら、安曇に向かって問いかける。



「はい。北の地に着く直前で、二隻のうち、一隻が大岩に当たって大破し、その乗組員も流されて行方不に。…して、大岩だと思ったのはとんでもねぇバケモンでさ。怪談話に出てくる海坊主そのものでーーー」


「ほう…。」


貴族の男は、巻物を読むのを止めて話に聞き入った。




「俺たちは、もう一方の船が襲われた波の勢いに乗って、本来向かうべきはずだった“あの地”ではなく、北の未開の大陸に流れ着いた。」



「何とか難波するのを逃れたのも束の間、今度は仲間のうち数名が“死んだ身内が視える”と虚言を言って突然消えちまったーーーー。」



「俺たちは、海辺の村の奴らが海を荒らした仕返しにと、船の仲間を連れ去ったんじゃねぇかと思い、抗弁しに行った。」



「だが、村の奴らは一向に口を割らねぇ。」




「ちょーっとばかし、手荒なことも有ったけども……。」

この言葉だけ、お館様に伝わらなければ良いな…と、聞こえるか聞こえないか程度の呟きで話す。


それも一瞬の事で、パッと表情を切り替えて話を続けた。



「船を付けた近くには、あ、ウッフン?だかっていう黄泉洞があって、アイツらは死した子供やおっ母の姿を追ってその洞穴に入ってそのまま帰ってこなかった。」




「村の奴には【黄泉洞に入ったら戻ることは出来ない。だから、洞穴に近づくな】と言われたが、人手が足りなきゃ船は動かせねぇし、船を動かせなきゃその場を離れる事は出来ねぇし。だからと言って探しに黄泉洞へ入るのも気味が悪くて…。そんな日々が続くうちに、一人、また一人と気が狂っていった。」



話を面白くする為なのか、少し話を盛っている気もするが…。

安曇の熱演は止まる事を知らなかった。


「そこに現れたのが“神無カンナ”と言われた坊ちゃんだ。」



貴族の男は安曇の熱演に注視し、巻物を読んでいない様で、しっかりと木芴で巻物に書かれている文字を追っていた。



その文字の中で気になっていた言葉。


“神無”


「神無しとは…。」


深くため息を吐いてその言葉の意味を考えた。


「余程の荒くれ者なのだな。信仰する神を持たぬ者ほど、道理に外れた行動を起こすと言うがーー」




「いや。全くの逆の話ですぜ。」

「……?」


「カンナの坊ちゃんは、それはも〜大人しくて。何やら強い力を持っている様だったが、ソレを上手く扱えていないと言うか……。」


まぁ、アレっすよね〜お館様の勇姿は毘沙門天の如く。

比べて、あの坊ちゃんはまだまだひよっこ。


強い力を持ったとしても、上手く扱えなきゃ意味がねぇってモンでさぁー。



など、ペラペラと安曇の饒舌は進んだ。


貴族の男は、木笏を頭にトントンと当て眉間に皺を寄せながら何やら考え込んでいた。



「その者のチカラと言うのは?」



「豪雷を轟かせ、火花を散らすあの姿…まるで【火雷神ホノオイカズチノカミ】の様でさ。」



安曇の言葉を想像すると身震いした。

たかが人間にそんな力がある訳もない。

だが、それに近しい自然を操る様な力を持つ者を自分は知っている。



「ほぉー。その者、欲しいな。」


「……ですよねぇー…。」



安曇の言葉を聞いて、驚いた様な表情を一瞬浮かべながらもフッと笑みを浮かべて答えた。


対して、安曇の熱演はお館様の感心の一声でスンと冷めた。

そう言われると分かっていたのか、どこか遠いところを見つめながら、か細い声で答える。



「して、その男はどうした?」



「それが〜…北の大地より、西に向かうと話しは聞いたんですがねぇ…」


先ほどの声量は何処へやら、安曇はブツブツと独り言のうわ言を、あーでもないこーでもないと繰り返していた。


貴族の男は安曇の様子に察したのか、ふぅっと一息。



「その男が向かった先が“あの地”ならば、いずれ顔を合わせる事になるだろう。」



安曇はその言葉を聞いてパッと表情を変えた。


「ですよねぇ!…って事は、奴らに取り入られてるかもしれねぇって事っすよね?」





「そこでだ、安曇。お前は今後、私と行動を共にせよ。」



「へ?」

俺?!無理無理無理無理!と、何度も首を振った。


「俺ぁ、船人だ。戦仕事なんてした事がないんですぜ?」




「大丈夫だ。あくまで、私の付き人として同行してもらうだけだ。」



「今、兵を上げて向かっているが、こちらは四千の軍兵で向かっている。対して、向こうは三百ほどの兵だと話があった。」



「これだけの差のある兵を見せて、和睦を申し出るよう、将軍には文を持たせたのだが…。」



貴族の男は、神妙な面持ちで巻物と睨めっこをしながら深いため息を吐いた。

安曇は、様子を伺いながらも場を和ませるつもりで口を開く。


「お館様なら大丈夫ッスよ。あの毛人達なら」

「その名で言うな!!!」

安曇の言葉を聞いて、烈火の如く怒りの表情を見せた。


失言した安曇はスッと黙り込んだ。


「彼らとは、己の信ずる道は違うからとて、その様な侮蔑は私が許さん。」



パァン!!っと木笏を床に叩きつけて、貴族の男は立ち上がった。



「行くぞ。安曇」


「……承知…」


行きたく無い安曇は、項垂れたまま貴族の男と共に部屋を後にした。

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