第9話 ホームラン
ユートとウィーダはヴェンテ冒険者ギルドを後にして、城下町を歩いていた。
「ユートどうしたの?なんか疲れてる?」
「ああ、ちょっとな・・・」
ヴァニラによって紋章を付与されたユートだったが、紋章付与魔法の身体的反動は大きく、歩くのがやっとの状態だった。
「悪い、ちょっと休む・・・宿を探してくれるか?」
「うん!待っててねー!」
ユートは歩くこともままならなくなり、城下町に置かれたベンチに座って休むこととした。
ウィーダが宿屋を探してくれるまでの辛抱だ、戻ってきたら宿屋のベッドで体を休めることが出来る・・・
朦朧とする意識の中で、ユートはギリギリの状態だった。
「・・・おい。静かにやれ」
「分かってるよアニキ!」
「だから、うるせーんだお前は!」
「アニキだってうるさいじゃんかよ!」
ユートはいつの間にかベンチにて眠っていたが、辺りに騒がしさを感じて目を覚ました。辺りは薄暗くなっており、あと数刻で完全に日が落ちそうな所だ。
「お前ら・・・誰だ?」
目の前にはボロボロの衣服に身を包んだ小柄な男が1人、奥には少し上品なベストを着た体格の良いスキンヘッドが1人。
その奥にも誰かいるみたいだ。
ユートは勘づいた。こいつらは盗賊の類だ。
瞬間的にヴェリスの入っているポケットをまさぐるが、まだ盗まれてはいないようだった。
「兄ちゃん。ヴェリス持ってんだろ?出してくれや」
「断る」
「痛い目見たくなかったら早く出せやぁ!」
「断る」
2度の拒否をしたところで、後ろに控えていた兄貴分と思われる人物が、小柄な盗賊に目配せした。
恐らくは「殺せ」といった指示だろう。
指示を受け取った小柄な盗賊が、帯刀していた短剣を引き抜くと、こちらににじり寄ってくる。
「兄ちゃん。悪く思うなよ」
「こっちのセリフだ」
「は?」
小柄な盗賊は一瞬キョトンとした顔をしたが、その顔はすぐに殺意に溢れ、短剣を握りながら突進してきた。
ユートは盗賊たちに殺される気は早々無かった。
目を覚ました時点で、盗賊2人の後ろで突っ立っているウィーダの姿を視認していたからだ。
「ウィーダ!コイツらを吹っ飛ばせ!」
「はーい!ウィンド・サイクロン!」
「誰だ!うわぁ!」
ウィーダの放った竜巻は大柄な盗賊を取り込むと、そのまま勢いを増していき、小柄な盗賊も巻き込んでしまった。
「た・・・たす・・・・・・て!」
竜巻に巻き込まれながら、盗賊たちは何か喋っているみたいだが、ユートの耳には何も聞こえていないようだ。
「ウィーダ、そのまま城下町の外まで吹き飛ばしてくれ」
「死んじゃうよー?」
「死なない程度に頼む」
「難しいなー!」
ウィーダは盗賊2人を巻き込んだ竜巻を全力で飛ばすと、その竜巻は無事に城壁を超えて、城下町の外に着弾したようだった。
「ホームランだな」
「ほーむらん?」
「宿屋は見つかったのか?」
「うん!こっちー!」
ユートはウィーダに手を引っ張られながら、日が落ちかけるヴェンテ城下町を宿屋まで走り抜けた。
――――ヴェンテ城下町 宿屋
「おふたり様で30ヴェリスとなります」
内装からするに、相当高級な宿屋だ。
ヴェリスの無駄遣いは避けたいところだが、ウィーダが探してくれた宿屋だ、今回は贅沢に甘んじるとしよう。
宿屋と女主人にヴェリスを払うと、他のスタッフに部屋へと案内された。まるで高級ホテルのようだ。
「今日は疲れたねー!」
ウィーダは部屋に入るや否や、整然とした真っ白なベッドに飛び込んだ。
「ウィーダ、先に風呂に入ってこい」
「はーい!」
ウィーダの言う通り、今日は様々な事が起きすぎている。
マルタローゼでの王女プリスとの出会い。
王女プリスを王城まで護衛する依頼。
ヴァニラによる紋章の付与。
城下町内での盗賊の撃退。
プリスから報酬として、当分は困らない程度のヴェリスを貰ってはいるが、異世界エフィラムで生計を立てるには、冒険者として依頼をこなす必要がある。
ヴェンテ城下町の冒険者ギルドを拠点としても良いのだが、ギルドの2階に居たヴァニラという女がネックだ。
エフィラムクロニクルのNPCキャラクターにも存在しておらず、紋章という異世界エフィラムにしか存在しない要素を自由自在に操る魔法を使う姿は、異様に見えた。
ヴェンテ城下町の冒険者ギルドを拠点にすることで、ヴァニラの監視下に入ってしまうのは、ユートとしては看過できなかったのだ。
であれば隣国の〈ミューエ王国〉に向かい、何処かの町の冒険者ギルドを拠点にする事が得策だろうか・・・
「ユート! これどうやって使うの?」
考え事をしていたユートが顔を上げると、身をまとう服を全て脱ぎ捨てたあられもない姿のウィーダが、シャンプーか何かしらのボトルを手に持ちながら目の前に突っ立っていたのだ。
「ウィーダ!裸で外に出てくるな!」
ユートは咄嗟に視線を外した。
「これどうやってつかうの?」
「自分で考えろ!」
「けちくさー」
ドタドタとウィーダは風呂場に戻って行った。
「あいつ、恥とか無いのか」
「こうかな・・・うわっ!泡だー!」
ウィーダの騒がしい声が部屋中に響き渡る中、ユートは疲れから、如何にも高級そうなソファに腰掛けると、うつらうつらと船を漕ぐのであった。