第4話 ストック
「俺のストックは1つなのかもしれない・・・」
ユートの推論はこうである。
異世界エフィラムの住人のストックは3つである。これは、ウィーダの話や反応を見ると、異世界エフィラムにおいては当たり前の事だと思われる。
ユートは現実世界の住人でありながら、アシーディアという人物によって、異世界エフィラムに転送させられた。
その際に異世界エフィラムの住人が持つはずの、ストックや紋章を授かることは無かったのだ。
つまり、ユートはただの人間。
ストックや紋章があるはずも無く、たった1つの”命”で異世界エフィラムへと降りたったと考えられる。
「ユート!ストックが1つで大丈夫なの!?」
「ああ、別に気にすることじゃない」
ユートの言葉はウィーダからすると、強がりにしか聞こえなかった。
だが、ユートはストックが1つであることを大きなデメリットだとは感じてはいなかった。
(ストックが1つ・・・だが、初期リスポーンがヴェンテ王国領なのは不幸中の幸いだ。ここ一帯のモンスターは大陸内でも低いレベル。ここでレベリングを行えば1ストックでも十分に戦えるようになる・・・)
「ここははずれの森だよな?」
「そうだよー!」
ユートの予想通り、現在地ははずれの森に点在している洞窟の1つであった。
はずれの森の近くには〈マルタローゼ〉という村がある。まずはマルタローゼの冒険者ギルドにて依頼をこなしつつ、レベリングを行うのが当面の目的となるだろう。
「ウィーダ。俺は夜が明けたらマルタローゼへと向かう。お前はどうする?」
「暇だから着いてくー!」
ウィーダがマルタローゼまで同行してくれるのは、戦力としては非常に心強よい。
はずれの森の構造は把握していると言っても、モンスターと遭遇する確率はゼロでは無い。
遭遇した際にウィーダが居てくれれば、撃退することも容易いだろう。
「俺は少し寝る」
「おやすみー!」
ユートは異世界エフィラムという慣れない環境に身を置かれ、心身共に疲弊していた。
その疲れは一瞬にして睡魔へと変換され、泥のように眠りにつくのだった。
――???
濃い白霧が渦巻く空間の中で、ユートの意識は彷徨っていた。
「藤田悠斗」
ユートは聞き覚えがある声によって、意識を引き戻された。
「お前は・・・アシーディア?」
この空間と声には見覚えがある。
異世界エフィラムに転送される時にアシーディアと名乗る人物と会話した場所だ。
「いかにも。エフィラムクロニクルの世界に降り立った気分はどうかね?」
「いい気分だよ。転送場所がクソ過ぎることを除けばな」
「それは失敬」
アシーディアは異世界エフィラムとエフィラムクロニクルの双方の情報を知る、唯一の人物と言っても良いだろう。
このタイミングを逃せば、次に話せるのは何時になるのか分からない。そう思ったユートはアシーディアに対して、いくつかの質問を投げかけることにした。
「アシーディア、いくつか質問していいか?」
「可能な範囲で答えよう」
アシーディアは質問に答えると宣言した。
この場をチャンスだと感じたユートは、異世界エフィラムに降り立ってからの不可解な事象の答えを得るべく、アシーディアへの問答を開始した。
「紋章とは何だ?」
「異世界エフィラムにてステータスを確認する為の魔術の事だ。エフィラムクロニクルにおけるSTARTボタンだ」
紋章がステータスを表示する魔術だと?
それならば、人間である俺にはステータスという概念が存在しないのか?
「紋章が無い=ステータスが存在しないと考えていいのか?」
「その認識で概ね問題ないだろう」
ステータスが存在しないということは、レベルやパラメータ。それにストックの概念が無いという事だろう。
ステータスが存在しない以上、レベリングも意味を為さないと思われる。
「人間が後天的に紋章を得ることは可能か?」
「可能だ」
人間が紋章を得ることは可能らしい。
その方法に検討は付かないが、現状はアシーディアの言う事を信用する他に無いだろう。
「俺は異世界エフィラムで何をすればいい?」
「エフィラムを救え。敵はこの世界に潜んでいる」
意味が分からない。
具体的な方法を示せと問いただしたい。
一通り質問を終えたユートは深いため息をついた。
世間一般的に異世界転生モノは、チートじみたスキルをを付与されて、異世界で無双するのがお約束だ。
アシーディアはそのお約束を完全に無視して、ユートに何のスキルも与えずに、ただの人間の状態で異世界エフィラムへと転送したのだ。
「普通はチートスキルとか付与するんじゃないのか?」
「お前にはエフィラムクロニクルの知識と経験があるだろう」
お話にならない。
いくらエフィラムクロニクルの知識があった所で、異世界エフィラムでは歯が立たないだろう。
過酷な環境に抗う体力もなければ、モンスターと戦う為の剣術や魔法も無い。
そんな状態で異世界エフィラムを救うなど、夢物語にも程がある。
「アシーディア、エフィラムを救えと言うなら攻略のヒントをよこせ」
「ふむ・・・いいだろう」
アシーディアは顎に手を当て、少しの間考えを巡らせると、不敵な笑みを浮かべながら、再度口を開いた。
「ヴェンテ王城へと向かえ」
「王城には何がある?」
「自分の目で確かめろ」
アシーディアが次なる目的地を示すと、辺りの白霧が濃くなったように感じた。
「時間だな」
「待て、まだ話は・・・」
ユートの言葉がアシーディアに届くことはなく、その身は徐々に深い霧に包まれていった。
アシーディアの姿が見えなくなると共に、ユートは意識を失った。
――はずれの森 洞窟
「おきろー!」
ユートはウィーダの甲高い声にて目を覚ました。
洞窟の中にはキラキラと光が差し込んでおり、ひと眠りしている内に、朝が来ていたようだ。
「ウィーダか」
「なんかうなされてたよー?」
「ああ、大丈夫だ」
ユートは焚火の跡に残っていた、サベージウルフの焼肉を一欠片だけ口に放り込んで立ち上がった。
包帯を巻かれた右腕に痛みは残っているが、昨日ほどでは無い。
「ウィーダ、出発するぞ」
「うん!マルタローゼだよね?」
「いや、予定変更だ。ヴェンテ王城へと向かう」
ユートが洞窟を出ると、見晴らしの良い丘となっており、 その景色はヴェンテ王国領の大部分を眺望できる絶景だった。
はずれの森を抜けて、切り立った断崖に沿うようにして立てられた城。
ヴェンテ王城。ユートたちの目的地である。
「ウィーダ、行くぞ!」
「はーい!」
エフィラムを救うための旅路が今、幕を開けた。