第1話 エフィラムクロニクル
西暦2091年、無名のゲームメーカー、A.Gamesより発売された《エフィラムクロニクル》は、架空のファンタジー世界〈エフィラム〉を舞台とした、オンライン専用のオープンワールドアクションゲームだ。
常軌を逸する程のオープンワールドの作り込み、画期的なシステムがユーザー間にて高く評価され、無名のメーカーながら、1ヶ月で5000万本を売り上げる爆発的なヒットを叩き出したのであった。
西暦2092年。
エフィラムクロニクルの発売から1年が経った頃・・・
全体クリア率100%に達した者は誰一人として現れていなかった。
藤田悠斗は発売当日からエフィラムクロニクルをプレイし続け、発売から1年が経った現在においても、全体クリア率100%を目指しているプレイヤーの1人だ。
エフィラムクロニクルにおいて、全体クリア率100%を目指すプレイヤーはそう多くない。
特定の日付、時刻にしか発生しないイベント。
発見させる気がまるで無い隠しアイテムの数々。
負けイベントだと錯覚するほどの強大なモンスター。
理不尽にも近い要素の数々に、数多のプレイヤーがエフィラムクロニクルの〈ゲームクリア〉を諦めてきた。
悠斗のクリア率は92%。
92%はゲーム内ランキングでは全体3位。
全世界において3番目にゲームクリアに近いプレイヤーであった。
「今日はこの辺りにしておくか・・・」
カーテンの隙間からは薄い光が差し込んできており、いつの間にか朝を迎えているようだった。
ピコン!
[フレンド申請が届きました]
暗い部屋を煌々と照らすゲーミングモニターにはフレンド申請のポップアップが表示されている。
「おかしいな・・・」
悠斗はフレンド申請のポップアップに違和感を覚えた。
有象無象のプレイヤーからのフレンド申請は、攻略の妨げになると考え、普段はフレンド申請を受け取らない設定にしているのだ。
悠斗は鬱陶しいフレンド申請を拒否するべく、ポップアップを開いた。
[acidia]
Lv. 辟。縺
全体クリア率:谺。蜈?サ「騾
<承認> <拒否>
フレンド申請を送ってきたプレイヤーの情報欄は、酷く文字化けを起こしていた。
送られてくるはずの無いフレンド申請、文字化けしたプレイヤー情報。
得体の知れない気味の悪さを感じた悠斗が、拒否のボタンに手をかけようとした瞬間・・・
「何だ!?」
エフィラムクロニクルのゲーム画面が映し出されていたモニターは、突如強い光を放ち始めた。
光は段々と強さを増していき、悠斗の両目を焼いていくき、数秒後には直視できない程の輝度に達した。
悠斗は強烈な光から眼を守るために、両手で眼孔を塞ぎながら、光が収束するのを祈ることしか出来なかった。
――――
モニターから尋常ではない光が放たれてから、数分が経っただろうか。
次第に両手の隙間から入り込む光が薄れていくことを悠斗は感じた。
「今のは何だったんだ・・・?」
恐る恐る両手を外すと、悠斗が居たはずの自室は何処かに消え去っており、目の前には一面が霧に覆われた謎の空間が広がっていた。
謎の空間にポツンと取り残された悠斗は、今となっては違和感しか無い、ゲーミングチェアに座り直した。
「藤田悠斗」
「誰だ!?」
聞き覚えの無い声に慌てて、ゲーミングチェアを放り出して振り返ると、白髪の男性の姿があった。
世界史の教科書に出てくるような、古めかしい衣服に身を包んだその男からは、気品のようなものすら感じさせられる。
「何故俺の名前を知っている」
面識が無い謎の男から、突然フルネームで呼ばれたのだ。悠斗の疑問は至極当然であった。
「私はエフィラムクロニクルの開発者。キミの名前はデータベースから取り出したのだ」
悠斗は男の発言に妙な胡散臭さを感じていた。
それもそのはず、エフィラムクロニクルの開発元であるA.Gamesは、表舞台には一切姿を現しておらず、一切が謎に包まれているのだ。
目の前の男がエフィラムクロニクルの開発者だとは到底思えなかった。
「お前が開発者だというなら証拠はあるのか?」
男は少し不機嫌そうな顔をすると、右手をパチンと鳴らした。
どういう原理かは不明だが、男の周りに光の粒子のようなものが徐々に集まっていくと、その粒子は見覚えのある文字列を形成し始めた。
――――――――――――――
登録情報
姓:藤田
名:悠斗
プレイヤーネーム:ユーティー
生年月日:20XX/4/10
パスワード:xxxxxxxx
――――――――――――――
「データベースの一部だ」
男はその言葉に続けるように、右手の人差し指で空間をスクロールして、住所、電話番号、クレジットカードの情報・・・
悠斗のエフィラムクロニクルのアカウントに紐づいている、全ての個人情報を晒しあげた。
「・・・本当に開発者らしいな」
「理解が早くて助かるよ」
男は再度、パチンと指を鳴らすと悠斗と個人情報を形成していた光の粒子はバラバラに解けた。
「それで、開発者が俺に何の用だ?」
「私はアシーディア。藤田悠斗、キミに頼みがある」
アシーディアと名乗った男は、畳み掛けるように話を続けた。
その内容は悠斗にとっては些か信じ難いものであった。
「私はエフィラムの住人だ」
「は?」
〈エフィラム〉・・・エフィラムクロニクルの冒険の舞台である〈エフィラム〉のことだろうか。
そうであるならば、アシーディアという男はゲーム世界の住人ということになるのか?
悠斗の脳内には疑問符が大量に生み出されていたが、一先ず、アシーディアの話を聞くことにした。
「エフィラムはゲーム世界ではない。実在する。エフィラムクロニクル上のエフィラムは、私が精巧に再現したシミュレーション上のエフィラムなのだ」
妄想とも言える突拍子もない話を続けるアシーディアだが、悠斗はその話があながち嘘では無いと感じていた。
現代社会において1年もの間、熱狂的なプレイヤーが攻略を進めているにも関わらず、未攻略の要素が残っているというのは異常なのだ。
エフィラムクロニクルの狂気じみたオープンワールドの作り込みの真相が、実在する異世界を落とし込んだのだとすれば、ある程度の合点は行く。
「俺を呼び出した理由は何だ?」
悠斗にとっては一番の疑問であった。
「キミには異世界エフィラムを救ってもらう」
悠斗の疑問は困惑へと変わった。
「クリア率92%。キミが適任なのだ」
「・・・断ったらどうなる?」
「この空間で餓死したいと言うなら止めないがね?」
アシーディアの無茶苦茶な提案を呑む以外に、悠斗が生きる手段は無かった。
「・・・分かった、具体的には何をすればいいんだ?」
アシーディアは一瞬、にやりとした不敵な笑みを浮かべた後に、悠斗の顔を覆い尽くすように右手を翳す。
「異世界エフィラムに転送する。目を瞑るがいい」
「は?転送!?ちょっと待て!」
「キミが行くのはエフィラムクロニクルで慣れ親しんだ世界、何の心配も要らないはずだ」
「おい!アシーディ・・・」
いつの間にか足元に描かれていた魔法陣から溢れ出てくる光に包まれると、悠斗は不思議な浮遊感を感じた。
「一体どうなってる・・・?」
「藤田悠斗、期待しているぞ」
アシーディアが言葉を投げかけると、悠斗は急激な眠気に襲われ、その意識を簡単に手放してしまった。