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紅葉

作者: 月生

 不幸とは無縁の生活を送ってきた。というと嘘になるかもしれない。ただ、自分の人生を四捨五入をすれば幸せのに文字に尽きると思う。


 一般的な家庭に生まれて、両親からこれでもかというほど慈愛を注がれて生きてきた。お互いを信頼しあって、一緒に高みを目指せる友達もいる。ひたむきに努力して栄光を勝ち取った誇らしい思い出もある。悩みだって多いわけじゃない。偏差値は決して低くない4年制大学に通い、学力は学年で上から20番ほど。運動神経だってそこそこある。こうして至極健全なまま19歳まで成長してきた。


 そんな僕にも、たったひとつだけ悩みがある。たったひとつだけと言うが、これが僕の人生における幸せと見事に釣り合ってしまうほどの大きな悩みだった。僕は男の子として生まれてきたけれど、心の中では女の子として生まれて、女の子として生活したかったと思っている。友達と話しているときも、ひとり至福の時間を過ごしているときも、頭の隅にこの考えが蔓延って邪魔をしてくる。


 これは、そんな僕が大学1年生のときに起こった不思議なお話。



 この人生に転機が訪れたのは、夏休みを目前にした蒸し暑い日の夕暮れだった。


「加部さん。あなたの悩みを解決する方法があります」


 駅からの帰り道、スーツを着た眼鏡の男が放ったのはそんな言葉だった。


「あなたと適性のある人と、人生を取り替える準備ができました」


「と、いうと?」


 スーツ男の話によると、僕にはある少女と人生を交換する権利があるらしい。その少女は、家族から虐待を受け、学校ではいじめられ、消極的で、幸福とは無縁の生活を送っているらしい。

 

 はじめは、この少女と人生を交換するつもりなんて一切なかった。ただ、スーツ男に「もちろん性別もあなたの望み通りになるでしょう」なんて言われて、それだけで僕の心は固く決まってしまった。

 

 そうして、親も、友達も、僕はなにもかも忘れてその少女と人生を交換した。


 それから、すぐに新しい家族に暴力をふるわれた。学校に行けばクラス中から無視され、意地悪されて、今まで縁がなかった絶望という文字が頭に浮かんだ。

 それも、最初のうちだけだった。

 

 まず変化があったのは家族だった。数週間過ごしているうちに、段々と異常性が薄れてきて、1ヶ月も経つ頃には前の家族とそう変わらない幸せな家庭になっていた。同じように、少し時間はかかったものの、学校でのいじめも見られなくなった。


 ある日、母親が煎れてくれた少し甘いコーヒーを飲みながら新聞を読んでいると、ふと視界に自分の名前が入ったような気がして、少し前まで戻して読み直してみる。確かにあった。人生を入れ替える前の、自分の名前が、確かにそこにあった。

 

「高校二年自殺。遺族はいじめの捜査を要求。」


 このとき、自分がどういう感情だったかはもう憶えていない。ただ、大切な息子を失ってしまった前の家族の顔を思い出して泣いたことだけは覚えている。


 さて、これから私は仲良くなった元いじめっ子と隣町のデパートへ買い物へ行く約束がある。駅までの道のり、自転車をこぎながらふとこんなことを考える。


 「自分を取り巻く環境とか、身近にある幸せとか、意外と、そういうものは自分の意思でどうこうできるものなのかもしれない」


 駅の近くで、高身長のスーツを着た眼鏡の男と話す、どこか暗そうな少年を見つけて、少し足取りが軽くなった。

 

 気付けば、木々が緑色の葉と赤色の葉を取り替える時期になっていた。

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