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私の手で、殺してさしあげましょう。 〜愛する婚約者を屠った極悪令嬢の真実〜

 



 ――――ここまで来たのなら、どこまでも。


「私の手で、殺してさしあげましょう」




 ユリネル王国の侯爵令嬢ヒラリーは、幼い頃からの婚約であるブルーノを心から愛していた。

 ブルーノは王族ではあるものの妾腹の子であったため、第一王子にも関わらず王太子ではなかった。

 彼の二ヶ月あとに生まれたとされる第二王子――ギュンターが王太子になった。


 そんなブルーノと侯爵令嬢であるヒラリーがなぜ婚約したかというと、先代の王との約束のせいだった。

 ローズベル侯爵家の政治的手腕を信頼し、王家に繋げておきたいと願った先王が、当時宰相であったヒラリーの祖父と『次代で異性が生まれた際は婚姻を』と約束していた。

 しかも、この約束は国王の代替わりや死後も有効であるという書面までも用意されていた。


 王家と侯爵家は今後も固い絆で結ばれるのだと誰もが思っていた。

 ところが、ローズベル侯爵家と王家は、ヒラリーの父の代で大きな亀裂を生んだ。

 代替わりした新国王と、代替わりした侯爵の見据える未来は交わることなく、政敵となってしまう。

 そんなローズベル侯爵家が王家に連なることが許せなかった国王。

 奇しくも、王妃と侯爵夫人は同時期に妊娠してしまったことにより、運命は更に歪に絡まっていく。


 ヒラリーが生まれた数日後にギュンターが生まれ、先代国王の書面の効力が生じてしまった。

 それを是としなかった国王は、どこからか生まれたばかりの金髪金眼の赤子を連れて来た。


「先月、妾腹の子が産まれていた。王妃と話し合い、この子を第一王子とし王家で育てることとなった。()()()()()()()()()王妃の子は、第二王子とする」


 臣下たちがざわめく中、先代国王の約束を果たすときだと、国王は高らかと宣言した。

 第一王子を先日侯爵家に生まれた娘と婚姻させると。


 そうして、ヒラリーとブルーノの歪な婚約関係が結ばれた。

 連れてこられた赤子の出自は、侯爵家がどんな手段を使っても、判明はしなかった。


 


「ごきげんよう」


 ヒラリーがカーテシーをすると、黒い絹糸のような髪がサラリと肩から滑り落ちる。その姿を見た者は必ずと言っていいほどに目を奪われてしまうことから、『暗黒の天使』と呼ばれるようになっていた。

 ブルーノとの婚約関係を続けるうちに、ヒラリーは『王子を手玉にとる悪女』と噂されるようになる。

 それは王政側に付く貴族たちが流した噂だったが、王族の誰一人としてヒラリーをかばうことはなかった。

 敵政であるローズベル侯爵家に悪い噂が流れれば、それだけ王族側の株が上がるからだ。


「ごめんね。私の力では噂が消せない」

「気にされないでください。そんなことより、始めましょう」


 ブルーノの扱いは表立っては普通だったが、決して王城内には住まうことは許されず、王城敷地内にある古い屋敷を『第一王子宮』として与えられていた。王族が必ず学ぶ帝王学などの教師を付けてもらえもしなかった。ブルーノが付けてもらえたのはマナーとダンスの教師だけだった。


 ヒラリーは父親であるローズベル侯爵にブルーノと共に教育を受けたいと頼んだが、ローズベル侯爵は首を縦に振ることはなかった。

 知識を蓄えられると、第一王子を思うがままに操れなくなると考えたからである。


 ヒラリーは自分が得た知識を隠れてブルーノに伝えることにした。

 婚約者として唯一二人きりで過ごせる貴重なお茶の時間を、勉強と情報をすり合わせる時間にあてた。


「今は隣国マイタイトとは緊迫状態にあるんだね」

「そう、国境では小競り合いも起きているそうよ」

「……陛下のお考えは?」

「父いわく、国境に主要な都市や生産物がないので、攻め込ませて他国の同情を引く狙いなのだろうって」

「…………そう、なのか……」


 ヒラリーが受けている教育は、ローズベル侯爵家の考えが色濃く出ている。なので、ヒラリーは王族側の教育も受けたがった。

 侯爵家の繁栄のためにも王族側の考えを知る必要があるはずだ、と随分と前から父親に頼んではいるが、渋い顔をされるばかりだった。


「先日、お父様が夜会で陛下に頼んで下さったみたいなの」

「返事は?」

「まだよ。でもきっと許可が出ると思うわ。どちらにしても妃教育は受けなきゃだもの」




 そんな話をブルーノにした二週間後、ヒラリーは王城のサロンに呼び出されていた。


「ギュンター殿下と、ですか?」


 王妃殿下いわく、第二王子であるギュンターとともに授業を受けるのであれば、許可を出すとのことだった。しかも今すぐ返事をするようにと言われる。

 ヒラリーは数分ほど逡巡したのち頷いた。何かしらの裏はあるだろうが、今はとにかく知識を蓄えるべきだと。


 ヒラリー、ブルーノ、ギュンターの三人は、すでに十八歳を超えている。

 いつ何を言い渡されても、何を仕掛けられても、対処できるようにしておきたい。

 王族も侯爵家も、ヒラリーとブルーノのことなど一切考えていないのは丸わかりであった。

 彼らが見ているのは、誰が国の政治の主導権を握るか。それだけだ。


 何が起こるのかと緊張しつつ臨んでいたギュンターとの授業は、思いのほか順調に進んだ。

 これまであまり関わらないようにしていたが、ギュンターは人懐っこい仔犬のような雰囲気がある。

 ふわふわのクリーム色の髪の毛と、青い瞳。代々王家の男子はこの色をしている。現国王もそうだ。

 それに対して、ブルーノは王族より明るい金髪と金色の瞳。明らかに色合いが違った。

 それが更にブルーノを孤立させていた。


「兄さんも、同じ色に生まれればよかったんだけどね……可哀想に」

「そうですわね。でも髪や瞳と中身は関係ありませんわ。私は中身を重視します」

「羨ましいなぁ。僕も……おっと、()()だったや。私も、君みたいに素敵な婚約者が欲しいよ」

「お褒めいただき光栄にございます。いつかきっと、殿下にも現れますわ」

 

 初めの頃、ギュンターの距離感が妙に近くとも『こういう人だ』と思うことにしていた。人懐っこさが露わになっているだけなのだろうと。

 だが、授業と授業の間の休憩のたびに、手を撫でられたり、手の甲にキスをされれば、流石に拒絶せねばならない。ヒラリーがやんわりと手を引き、笑顔で「お戯れが過ぎます」と伝えるのだが、ギュンターは一切気にせず、歯の浮くようなセリフを吐く。


「私は君がほしい。真に君を幸せにできるのは私だ」

「恐縮至極に存じます」


 それ以上は踏み込まないように、踏み込ませないように、ヒラリーはいつも細心の注意を払っていた。

 そんな苦労など神は知らないとでもいうように、彼らの運命を決定づける出来事が起こってしまう。


「おやめください!」

「ねぇ、私の婚約者になりなよ」


 ギュンターに床に押し倒され、唇を奪われそうになった瞬間、ヒラリーは精一杯の抵抗をした。力いっぱいギュンターの頬を叩いたのだ。

 そして、呆然とするギュンターの鳩尾あたりを力いっぱい膝蹴りした。


「グエッ…………」


 同室していた侍女は青い顔ではあるが、見て見ぬふりを続けていた。

 ヒラリーは乱されて他人には見せられないような髪型と破れかけたドレス姿で、王城内を駆け抜け、ブルーノの所へ向かった。


「ヒラリー!? 何が――――ギュンターか!」


 ボタボタと涙を流すヒラリーを見て、ブルーノは殺意を覚えた。今すぐ走り出したい衝動を必死に堪え、ヒラリーを柔らかく抱きしめる。

 背中をゆっくりと擦り、乱れた黒髪を優しく手櫛で梳った。


「ヒラリー、ゆっくり息を吸って。ゆっくり吐いて」

「っ…………ブルーノ、さま……ごめんなさい、ごめんなさい」


 ガタガタと震えながら謝りだすヒラリー。

 このとき、ブルーノは己の力のなさを人生で一番に痛感した。


 しばらくして少し落ち着きを取り戻したヒラリーは、ギュンターとの勉強会で何があったかを話した。

 そして、きっと自身は処分されるだろうと。侯爵家は庇ってはくれないだろうと。




 家に帰り侯爵に報告をし、向こうの出方を待つと返事されて二週間。

 巷での噂は、酷いものだった。


 『暗黒の天使、王太子を誘惑』

 『侯爵令嬢は王子たちを淫らに誘う』

 『婚約者に捨てられた第一王子の末路は!?』

 『王子たちを堕とした悪女』


 ローズベル侯爵は沈黙することを決め、ヒラリーに今までと同じように生活するよう命じた。その理由はヒラリーには明かされなかったが、侯爵の考えは手に取るようにわかった。

 もう少し事態を悪化させ、調子づいた王太子派閥を一気に叩こうと思っているのだろう。

 ギュンターに襲われたとき部屋にいた青い顔の侍女や王城で見かけた使用人たちが、なぜか侯爵邸の客室にいる。証人として匿っているのだろう、と。


 あれ以来、ヒラリーはギュンターとの勉強会には顔を出していない。

 それでもブルーノには逢いたいので、王城敷地内にある第一王子宮には行っていた。

 悪意のあるものの目など、気にしないと心に強く決めて。


 『黒髪の悪女、未だ第一王子にしがみつく』

 『王太子、侯爵令嬢を部屋へ招き入れる』

 『暗黒天使は使用人も抱き込んでいる!?』

 『侯爵令嬢と関係を持った男たち、続々と名のりをあげる』

 『王太子の歪な愛。兄の女を寝取り快楽に溺れる』


 噂は悪化の一途を辿る。

 ヒラリーを使った印象操作合戦は、ただただヒラリーを侮辱するだけのものだった。

 外出先でも、自宅である公爵邸でも、第一王子宮内でさえも。

 唯一と言っていいほどに心が休まるのは、ブルーノの私室のみ。

 ブルーノに優しく抱きしめられ、頭を撫でられると自然と涙が溢れ、腹の奥底で渦巻いていた醜く黒い思いが一緒に流れ出て浄化されるような気分になれた。


「ヒラリー。私は…………この国を捨てようと思う」

「っ!?」


 慌ててブルーノの腕から抜け出し顔を見ると、ブルーノの本気が伝わってきた。


「……どうされるのですか?」

「来月行われるキツネ狩りで、事故を装って崖から飛び降りようと思う。そのままマイタイトに亡命する」

「…………私を置いて?」


 消え入りそうなほど小さな声で、寂しそうに呟いたヒラリーに、ブルーノは自身の力のなさが悔しくてたまらなかった。

 本当はヒラリーを連れていきたい。


「必ず…………必ず、迎えに来る。一年で迎えに来るから。待っていてほしい」


 だが、そう言うことしかできない。置いて行きたくはない。だが、マイタイトでの扱いがどうなるかもわからなかった。

 マイタイトの間諜が自身の屋敷にいることに気づいて、マイタイト側との契約は済んでいた。だが、ヒラリーまでも連れて行くにはまだ安全が確立出来ていないのだ。


 無理に連れて行くとしても、死んだように見せかけなければならない。陰で鍛え続けていたブルーノは、工作した崖から落ちても、壁面にしがみつき移動が出来る。しかしヒラリーは違う。どれだけ優秀であっても、深窓の令嬢なのだ。


 悔しそうな顔のブルーノを見て、ヒラリーは覚悟を決める。


 ――――ここまで来たのなら、どこまでも。


「私の手で、殺してさしあげましょう」




 王家主催の狐狩りで、世間を揺るがす大事件が発生する。


 侯爵令嬢が、第一王子を崖から突き落としたのだ。王太子殿下の目の前で。

 理由は、王太子殿下と一緒になるためには第一王子が邪魔だったから。


 ローズベル侯爵令嬢ヒラリーは、『極悪令嬢』と呼ばれるようになった。

 王族の命を奪えば死罪は免れないのに、それさえもわからない、尻軽女。王太子を篭絡した愛に狂った悪女。


 ヒラリーは、『極悪令嬢』と呼ばれながら、修道院で一年半を過ごしていた。

 ギュンターの懇願で命は奪われなかった。それは、計算済みではあったが、暗殺される心配もあった。

 王太子殿下に甘い国王陛下と王妃殿下が、表向きは命の保証をしたものの、裏で誰がどう動くのか、流石にそこまではヒラリーには分からなかったから。

 心にあったのはひとつのみ。


 ――――どうか、ブルーノがブルーノとして生きられる場所を手に入れられますように。




 ◆◆◆◆◆




 新月の常闇に紛れ、ユリネル王国のとある修道院の一室に男が忍び込んだ。


「おまたせ、ヒラリー。迎えに来たよ」

「っ――――!」


 王太子を誑かし、婚約者である第一王子を殺したとして、世間を震撼させた『極悪令嬢』は、収容されていた修道院からこつ然と姿を消した。

 世間は、きっと闇で処分されたのだろう、これで平和が戻った。と、極悪令嬢のことを心配することも気にかけることもせず、忘れ去ったという。




 ――――翌年。ユリネル王国は、死んだはずの第一王子ブルーノ率いるマイタイト王国の軍勢に、敗戦することとなる――――。




 ―― fin ―― 




読んでいただき、ありがとうございます!

ブクマや評価などポチポチポチーッとしていただけますと、笛路のモチベになり、小躍りかまします!ヽ(=´▽`=)ノ♪


また、↓下のほうに、過去作のリンクを置いてますので、よろしければ!ぜひ、じぇひじぇひ!m(_ _)m

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[一言] まさかのハピエンだった〜
[気になる点] 突然クライマックスでテレビの電源を落とされた気分になる唐突な終わり方 [一言] もう少しそれぞれがどうなったか、国の状況や噂した人々などもう少し書き込んで欲しい。 ハピエンかメリバかは…
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