打ち明けるべきとき
案の定ぴーちゃんは、しょっちゅう来ることになったけど、うちのみんなはそのうち慣れたみたいだ。結局我が家にはフェンリルが一緒に住んでるんだしね。俺の様子を尋ねる言葉だけがびっっしりと書いてあった最初の手紙の返事で、そちらはどうなのだと聞いたら、やっと次の手紙で兄さんは自分の状況を説明してくれた。小説のとおりお祖母さまのうちに引き取られて育っているらしい。前世で小説を読んでいたときは、よく長男やさぐれないなーと感心してたけど、お祖母さまが大切に育てていたからやさぐれるはずがなかったんだとわかったって書いてあったから、兄さんも大切にされているみたいで一安心。
兄さんは、何とお祖母さまに自分に前世の記憶があることを打ち明けているらしい。最初に手紙にそう書いてあるのを読んだときは驚いたけど、この世界では、転生者は稀だけどいないこともない存在なのだそうだ。ただ兄弟3人でまた兄弟に、というのはさすがに聞いたことがないとお祖母さまに信じてもらえなかったけど、俺からの手紙を見せてやっぱり弟だったとお祖母さまに勝ち誇ってみせた、と2通目の手紙に書いてあった。そんな風に言えるなんて、兄さんはお祖母さまとずいぶんよい関係を築いている。小説では、そこまでざっくばらんな関係ではなかったように記憶しているから、兄さんだからこそ築いた関係なんだろう。昔からコミュニケーション強者だったからな。
前世の話ができるから、ずいぶん協力してもらっていると手紙には書いてあったけど、ただ兄さんは俺ほど小説の内容を覚えていないっぽい。……3兄弟で一番小説を読み込んでた俺が一番内容を覚えているだよな、きっと。そして、その俺がお母さま達に前世の記憶のことを打ち合分けるのが一番手っ取り早く、これからに備えて色々な対策を立てることができるんだとは思う。それはわかっているけど、俺は、お母さまに打ち明けるのを躊躇っている。
これまでの稀だけどいたという転生者たちが、どのくらいの年齢で前世の記憶を思い出したのかは知らないけど、みんなどのタイミングでどうやって周りの人に打ち明けていたのだろうか。自分の幼い子が転生者で、その中に大人がいるってどう思うんだろう。俺の前世は、大人になり立てのところで終わっているけど、それでもまだ幼い幼児な我が子の中に、大人がいるって気持ち悪いものじゃないだろうか。俺は、そう危惧してしまって、お母さまにも周囲の誰にも打ち明けられてはいない。
兄さんも俺に周囲に前世のことを打ち明けるようにと急かすようなことは手紙に一切書いてこなかった。手紙のやり取りがそれなりに長く続いた後もそれは変わらない。前世の記憶はあって、兄弟を今世でも変わらず大切に思ってるけど、お母さまのことも大切に思って躊躇っていることがわかってるんだと思う。兄さんはそういうところがある。
「でも、あまえてもいられないかも」
お母さま達にも打ち明けて協力してもらわねければならない時期がきた気がする。そして、お母さまを助けるときが。だって、昨日からお母さまの様子がおかしい。俺が魔道具の勉強を始めて、お祖父さまとも仲直りしてからは、俺が生まれてから記憶しているどんなときより楽しそうになったお母さまだったのに、思いつめたように溜息ばかりついている。あいつと会って、きっとあれを頼まれたんだ。
一昨日の夜、着飾って出かけるお母さまを見送った後、こっそりとベンノに、
「おれのちちおやにあいにいくの?」
と尋ねてみたら、ベンノは困ったような顔になって、
「お父様にはいろいろご事情がおありになって……」
と言葉を濁していた。元々はお母さまの実家に仕える身としては色々思うところがあるだろうに、俺にとっては父親だからと気遣ってくれているらしい。でも、心配ご無用だ。俺だって、あの父親には色々思うところがある。知らないことになっているけど、前世の小説で知ってるんだ、あの父親のことは。
そもそもお母さまのほうから、しかも夜にだけ会いに行っているのだって、まだ実家の実権を握っている自分の父親、俺の祖父にバレないようにだ(実はバレてるんだけどな)。それで、幼児を夜に連れ出すものではないということで、実は俺は、父親に会ったことがほとんどない。そのくせ、小説の中ではお前のために、とか何とか中盤で俺じゃない俺に向かって言ってたよな。小説のことも思い出してプンスコしながら、俺は、ベンノに促されて、眠りについたのだった。
その夜が明けた昨日から、お母さまは顔色が悪い。とうとうあれを頼まれてきたんだ。小説の中では、迷った末それを受け入れてしまって、引き返せないところまでいってしまう。そして、立派な敵役となる後妻で悪役令息の母になるのだ。コミカライズ記念の外伝で読んだ。だから、わかった。決断しなければならないときが来てしまったのが。
「おかあさま」
今日は、俺の魔道具の勉強を見には来てくれなかったお母さまに声をかけると、
「なあに?」
何とかと言った感じで微笑んで、お母さまは聞いてくれた。
「はなしがあるんだ」
幼いながらに真剣なことが伝わったのか、お母さまは少し戸惑った顔になったけど、すぐに頷いてくれた。
兄さんの話だと、転生者はそこそこいるらしいから、前世の記憶があることは信じてもらいやすいかも。でも、前世の小説で読んだ知識のことはどうだろう。前世では成人済みなくせに、今この世界での母にどう思われるかが不安でたまらない。だけど。さあ、打ち明けるべきときだ。
「あのね……」
大きく息を吸って、俺は話を切り出した。
ブックマーク登録や下の☆をクリックしていただけたら大変励みになります。