仲直り?
魔道具の勉強は楽しいものだった。兄弟を守るための手段として必要だと思って始めた勉強だったけど、勉強自体も中々に楽しい。魔道具は、道具自体と、道具に刻む魔法陣から成り立っていて、動力として魔石を使っている。このうち魔法陣は、前世の学校で初歩だけ習ったプログラミングに似ているところがある気がしている。前世でプログラミングの授業にそんなに興味があったわけではないけど、今は魔道具の勉強が楽しい。魔法陣を記すための文字?記号?を覚える必要があるから、2か国語読めるように勉強しているみたいだけど、現世の俺の脳みそのポテンシャルが高いのかまだ幼いからなのか、そんなに苦にならない。……小説の中でも、悪役令息にならずに、母方の実家に学べば優秀な魔道具作りができるようになったんじゃないかな、なんて思ったりした。
「すごい進歩ね」
俺の勉強を見てくれたお母さまもほめてくれた。元々は父親に引きずられて、俺に公爵家の後継者教育をしたがっていたお母さまも、俺がいかにも楽しそうに日々学んでいて、そのために文字や算数の勉強も年齢にそぐわないほど進んで勉強しているのを見て、今は応援する気になってくれたみたいだ。
「うん!」
「これからはお母さまも教えましょうね」
「ほんと?」
あの父親に出会って道を違えるまでは、お母さまは画期的な魔道具を作ることで代々有名な実家の後継者として将来を嘱望されていたはずだ。俺の勉強を見ていて、その頃のことを思い出したらしい。
「もちろん」
「やった!」
俺は両手を挙げて喜んだ。
お母さまはこれまで人に教えたことはなかったらしけど、教え方がとってもうまかった。本を読みながら勉強して、たまに来るお祖父さまにまとめて質問、だと中々捗らなかったから、お母さまが教えてくれるようになってとても助かった。魔道具の勉強はますます楽しいものになり、すこぶるはかどるようになった。
「ほう、もうこんなにも進んだのか」
お母さまに初めて教えてもらってから数日後に来てくれた、お祖父さまにもすっかり感心された。
「うん!おかあさまがおしえてくれたの!」
俺の言葉にお祖父さまは、嬉しそうに笑って、そうかそうかと頷いた。お母さまがまた魔道具の道に戻ってきてくれたのが嬉しいのだろう。
父親との恋に落ちた(自分の親のことだとこういうことってどうしてこんなにむず痒いのだろう)後、お母さまと実家の関係は悪化したらしく、それでも俺が生まれたことで、暗黙のうちに援助をし、援助を受ける関係に落ち着いていたみたい。でも俺が魔道具の勉強に取り組み始め、お母さまがそれに関わるようになったから、これからは関係がよくなっていくかもしれないな。今もお母さまとお祖父さまが、そろって俺の勉強方針についてこうろ……話し合っている。
そんな2人は、久しぶりの父娘のコミュニケーションなんだろうとほっておくことにして、俺はお祖父さまとお母さまに教わったことを実践してみることにした。
「えーっと……」
まずはこの特別な紙に魔法陣を書く、と。とりあえずは最初に教わった初歩の初歩の灯りをつけるのにしよう。
「で……」
昨日お母さまと一緒に組み立てた道具を取り出す。
「これに……」
魔法陣を道具に乗せて、と。
「んと……」
確か魔法で、魔法陣を道具に焼き付けるって教わったはず。前世で弟のためにアイロンプリントシートで、Tシャツにお気に入りのキャラクターをプリントしてあげたのに似てるなって思ったんだ。
この世界の魔法は、色々なものを具体的に思い浮かべられるイメージ力がものをいう。小説の中でも主人公が、師匠に旅の途中で、風や雷とかの自然現象から、人間が使う色々な道具、他の人が使う魔法まで色々なものを見せてもらっていくエピソードがあった。だから、前世の記憶があるのって、強みだと思うんだよな。前世でアイロンの熱でシートの図柄をTシャツに転写したのを思い浮かべつつ、
「えいっ……」
魔法陣を魔道具に転写する。
「できちゃ!」
……喜びのあまり噛んでしまったが、できた!
「「え!」」
俺の歓声に、お母さまとお祖父さまがこうろ……話し合いを止めて俺のほうを振り返る。
「みて!」
今こそ2人を止めるタイミング、とみた俺は、ドヤ顔で、はじめて魔法陣を転写した魔道具のスイッチを押して灯りをつけてみせた。
「何と!」
「まあ!」
2人とも驚いた顔をして、すっかりお互いから気が逸れたようだ。でも、そんなに驚くこと?自分たちで教えてくれてたことなのに?
「魔法を使ったのか、アンゼルム」
お祖父さまに聞かれて、ますます不思議に思う。
「うん」
魔法陣を書くのには魔法は使わないけど、魔法陣を魔道具に転写するのは魔法だ。教えてくれたのはお祖父さまなのに、どうしてわざわざ聞くんだろうと思いながらも素直に頷いた。
「そうか……」
俺の答えを聞いて、お祖父さまとお母さまは何か考えこんでいる。
「おじいさま?」
何を考えこんでいるのか不思議で、お祖父さまのそばに寄って見上げると、お祖父さまは笑って、
「すごいぞ、アンゼルム」
と頭を撫でて褒めてくれた。
「えへへ」
嬉しくなって笑うと、
「素晴らしいわ、アンゼルム」
お母さまも褒めてくれる。
「アンゼルムは、我らより魔力が多いのかもしれんな」
お祖父さまがぽつりと言った。
「そうなの?」
「我が一族は、魔法陣の開発や作成には長けているが、魔力量はさほどでもないのだ」
成人後でやっと魔法陣の魔道具への転写が可能なくらいの魔力量らしい。
「だから、アンゼルムの年のころで、すでに魔道具へ魔法陣を写し取るのは、珍しいんだよ」
「そうなんだ」
それって、俺の父方から受け継いだのかな?そう考え付いたのは、俺だけじゃなかったらしく、お母さまとお祖父さまが微妙な表情になった。お祖父さまはともかく、ちょっと前までのお母さまだったら、俺が父方から何かを受け継いでいたなんて知ったら喜びそうだったのに。考えを変えてくれたのかな。
「もっとおしえて!」
ともあれ、微妙な雰囲気は吹き飛ばしてしまおう。今後のためにも、今学ぶのが楽しくてしかたない気持ちからも、俺はどんどん魔法陣と魔道具について学びたいのだ。
「もちろんだ」
「もちろんよ」
俺の意気込みに、お祖父さまもお母さまも力強く請け負ってくれて、それから口論していたことなど忘れたかのように揃って笑ってくれたので、俺は子は鎹、になれたのかな、とちょっと嬉しくなったのだった。
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