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思わぬ展開

 その日、俺は中庭で魔道具の実験をしていた。この間スプリンクラー的な魔道具の実験を屋敷の中でしていたら、想定以上に見事に水が噴射されて、自分の部屋を水浸しにしてしまった。ただ、この世界にはドライという魔法があって、うちの天才な末弟は既に生活魔法から身体強化まで魔法を使えるようになっていて、魔力が年齢の割に膨大なので、駆け付けてくれて兄さんとひとしきり笑った後、乾かしてくれた。なので、メイドさん達にもそこまで迷惑をかけずに済んだんだけど、お祖母さまからは静かに、だけときっぱりと室内での魔道具の実験を禁止された。


 それもやむなし。と納得した俺は、中庭で魔道具の実験をさせてもらうことになった。花壇や植木がなく、芝生が広がる場所だ。火とかを使う魔道具だと、芝だけでもかわいそうなことになるかもしれないけど、今は水を使う魔道具だからそんなに大変なことにはならないだろう。そんなことを考えながら、俺は前日に完成させた魔法陣を、大人の手のひらに収まるくらいの道具に設置して、庭に来ていた。


 さて、ではいざ実験してみようか。そう思ったとき、バタバタとした切迫した足音と、怒号が聞こえてきた。何だろうと思っている間にそれは近づいてくる。いよいよそこまできた、と思った瞬間、ガサガサっと庭師が端正に整えた植木が揺れて、男が無理やり植木の間をわけ入って出てきた。どうやら追われているらしく慌ただしい様子だが、この男はもしや。

「お前は……!」

その男は俺を見て一瞬固まる。さすがに俺のことを認識したっぽいと思っていると、男に続いて複数の足音が近づいてきて、するとそいつは我に返って、

「え」

俺のほうへ突進してきて、俺をいきなり抱き上げた。


「アンゼルム様!」

男のあとから姿を現したのは、この家の護衛たちで、ここに引っ越してきてからあちこちふらふらして顔を合わせていたから俺のことを認識してくれてたようだ。というか。これは人質になってしまったようだ。俺を抱き上げてるというよりは、持ってるもんな。そこからはもう大騒ぎだ。次々と護衛たちが駆け付け、最後にはお祖父さまがやってきた。お祖父さまが、父親を飛び越して孫に当主の座を譲るという噂の勢いが増した結果、追い込まれたと感じた父親がアグレッシブな行動に出ることにしたようだとは聞いてたけど、どうやらそれに伴う諸々の挙句に父親は追われていたみたい。小説の中と同じように身の程知らずににもお祖父さまの命を狙った父親が返り討ちにあって追われてここまできたらしい。そして、そこに運悪く俺がいた、と。

「ドナシアン、いい加減にあきらめろ。自分の子を人質に取るなど!」

お祖父さまが怒髪冠を衝く勢いでお怒りだ。

「うるさい!」

……そっちがうるさい。耳元で父親が怒鳴る声のうるさいことと言ったら。それにつかまれている体が痛い。そろそろ解放されたいな。


 ガサガサッ。再び、だけど父親が立てた音よりは小さく木々が揺れる音がした。……やっぱり来ちゃったか。仕方ない。協力してもらおう。うんっと小さく頷いて密かに音がしたほうへ合図を送ると、俺は実験をしようとして持ったままになっていた魔道具を密かに握り直した。そして、

「うわっ」

その魔道具から、水を勢いよく噴出させる!これは、庭師さんを見ていて水をまくためのホースみたいなのがあればいいと思って作った魔道具だ。魔道具だから蛇口につながず魔力を使って水を出すことができる分、前世のホースより便利じゃなかろうかと一人悦に入っていた一品だ。それが思わぬところで役に立った。いきなり水を目元あたりにぶちまけられて、驚いた父親の手から力が抜ける。その隙をついて俺は、すかさず父親の腕から逃れた。そして、たたっと数歩離れたとき、

「てい!」

幼い声が響いて、どすっと重い音が続いた。

「ぐっ……」

振り向けば、末弟の年齢に相応しくない重い蹴りを腹に受けて、父親がうずくまっている。うん、エルヴィンはますます身体強化がうまくなったみたいだ。


 さらにそこへ、

「動くな!」

末弟に続いた兄さんが、すっと剣を父親の喉元につきつける。俺の前にはエルヴィンが俺をかばうように立ちはだかった。兄としては少し複雑な気持ちだけど、実際エルヴィンのほうが強いから仕方ないか。うんうんと納得してかばわれていると、大人たちがアッという間に父親を取り押さえてくれた。

「無事か」

お祖父さまも駆け寄ってきて、俺をほっとしたように抱きしめてくれた。

「へいきです!」

俺はお祖父さまを見上げて、ニコッと笑って安心させてから、父親を見下ろした。


「どうしてこんなことになってしまったのかって思ってる?」

捕らわれた父親を見下ろしながら、俺が冷ややかに言うと、

「この親不孝者が!お前のためにやってやったのに!」

父親は激高する。よく言うよ。

「さっきまであんなことしてて、よくそんなこといえるよね」

冷ややかに言ってみせると、

「なっ……」

父親は言葉を失った。

「だいたい、おれたちこどもにしてやられてるじてんで、うつわじゃなかったんだ」

一番大きな兄さんでさえ、まだ成長しきっていない俺たち兄弟に見下ろされて、父親は悔しそうにうなる。エルヴィンなんてまだ幼児だもんな。


 俺がさらに言葉を続けてやろうとしたとき、

「後はわしがやろう」

お祖父さまが俺の肩にそっと触れた。

「お祖父さま」

そうだった、大人に任せてほしい、それが大人の仕事だから、って言われてたんだ。大人が大人の役割を果たすべきなんだ。子供は守ってもらっていていい。

「はい」

俺は素直に頷いて、エルヴィンと手を繋いで、お部屋に戻ることにする。


「いっぱちゅけれてよかった!」

エルヴィンの手を引いてその場を後にしようとしたとき、エルヴィンが元気よくそんなことを言うから、

「フッ」

俺と、エルヴィンをはさんで反対側にいる兄さんとは笑ってしまいそうになる。たぶん周りの大人たちも笑いを耐えた気配がした。

「そうか、それは良かったな」

笑いを一応は耐えきった兄さんが言うと、

「うん!」

エルヴィンはご満悦な様子で頷いている。……父親とあんなことがあった後だけど、俺たちにとっては小説の中で兄弟に降りかかる不幸の元凶を排除できたってだけだ。俺たちは、決して後ろは振り向かず、歩き始めた。もう小説の中での出来事を変えようと気を張る日々は終わった。この先はきっと3人でもっと自由に生きていける。

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