旅立ち前夜
お母さまと過ごす時間も取りつつ、俺は新しい生活に慣れるようにエミーリア先生や兄さんたちとも過ごすようになった。エミーリア先生は、兄さんが魔法や剣術の練習とかをしている間に、俺にも勉強を教えてくれる。兄さんの養育係でもあるというから、数学とか物理とかは前世で教育を受けた経験がある俺にあんまり必要ないことはわかっていて、ゆっくりと文字や歴史等のこの世界特有のものを教え始めてくれた。兄さんに授業をしている間は、俺はお母さまと過ごしたり魔道具の勉強をしたり、そしてお昼寝をしたりだ。
移ってきた屋敷の使用人のみんなも、お母さまにも僕にもすごくよくしてくれる。俺付きの侍女、というよりはお世話係になってくれたドーリスは本当によく俺の世話をしてくれるし、料理人たちはお母さまや俺の好物のリサーチに余念がないと聞いたし、庭に出れば庭師が聞いたことを何でも教えてくれる。俺は、とっても楽しく日々を送り、子供の柔軟性もあるのか新しい生活に割とあっさりと馴染んでいった。
そんな日々を送るうちに、やがてそのときがきた。お母さまが研究都市に出発する具体的な日がとうとう決まったのだ。この世界では、なのか貴族は、なのか、子供は小さいころから親と同じ部屋では寝ない。でも、今日は特別だ。だって、明日にはお母さまは研究都市に旅立ってしまうのだから。
「本当は、あなたも一緒に連れていけないかと考えていたの」
「そうなの?」
そんな考えは聞いていなかった俺は少し驚いた。
「ええ、やはり手放したくはないもの」
「おかあさま……」
「でもね、先に行っているベンノが、あそこは余り子供を育てることには向いていないって」
お母さまに先だって研究都市に準備のために行っている信頼している執事に、お母さまはそんなことも調べるようにお願いしていたらしい。
「子供を育てるための人材があまりいないみたい。それに気候もこことはかなり違うしね」
「え?おかあさまはだいじょぶなの?」
気候が違うと聞いて心配になった俺に、
「お母さまは大丈夫よ」
お母さまは微笑んで頷く。
「それに、あなたをここに安心して預けられるとわかったから、ますます大丈夫よ」
「おれを?」
「ええ、そうよ。あなたのお祖母さまもお兄さまもとってもあなたを大切にしてくれているし、エミーリアは信頼できる人だし、良い先生よ。ドーリスも本当によくあなたの世話をしてくれているし」
ここが俺にとって安心できる場所だとわかった、とお母さまは安心したように笑う。
「うん。だいじょうぶ。……でも」
「ええ、そうね、寂しいわね」
飲み込んだ俺の言葉を、お母さまは言い当ててくれた。
「おかあさま」
ぎゅっと抱き着くと、お母さまはぎゅっと抱きしめ返してくれる。
「毎日会いに来るわ」
「うん。まってる」
「大人の事情に巻き込んでごめんなさいね」
「ううん!」
自責の念を強く感じさせるお母さまの謝罪に、俺はびっくりして首を振った。
「おかあさまは、おれをたいせつにしてくれてるよ」
だから。
「だから、おれはだいじょうぶ。おかあさまもだいじょうぶ」
たとえ離れて暮らしたとしても。
「ええ、ええ、そうね」
俺の訴えにお母さまは、強く頷いてくれる。それから、俺たちはたくさんの話をした。これまでのこと。これからのこと。いつの間にか俺の幼い体が眠りに落ちてしまうまで。
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