始まりの日を迎えて
その日、お母さまに手を引かれ、あずきを足元に連れて、馬車を降りた俺が見たのは、屋敷の前でずらっと並ぶ使用人たちだった。すごい。前世のドラマでしか見たことない。裕福で一目置かれているとはいえ、今まで暮らしていたのは男爵家だ。ここまでじゃなかった。
「ようこそいらっしゃいました」
真ん中に立っていた男性が恭しく挨拶をしてくれる。
アルバンと名乗ったその人は、我が家のベンノと同じ執事だと自己紹介してくれた。ちなみにベンノはお母さまの研究都市での暮らしの準備のために一足早く隣国へ向かった。屋敷やら何やら準備万端でお母さまを迎えると聞いて、前世の感覚でイメージする外国での留学生活とは全然違うと感心してしまった。まあ、貴族としての位は一番下だけど(一代限りの準男爵ってのもあるらしいけど)、貴族であることには変わりはないし、ヴューラー家は代々魔道具の開発に優れた家柄でそのおかげで裕福だし、魔道具の開発に専念するために、画期的な開発に対して打診される陞爵を断っているという噂があるほど、世間に一目置かれた存在なのだ。その家で生まれ育ったお母さまがお嬢様でないはずがない。1人で隣国に留学して寮とか(この世界にもあるのかは知らないけど、前世での留学のイメージだ)で自炊したり自分で掃除をしたりするなんて想像できない。
そして、この日、お母さまと俺を出迎えてくれたのは使用人たちだけじゃなかった。
「よく来たな」
ひとまずは、と通された部屋で待っていたのはお祖母さまと兄さんだった。お祖母さまは、もうクラルヴァイン公爵家に戻って、父親をけん制しているらしいけど、今日は俺たちが越してくる日だから、戻ってきてくれたみたいだ。
「お世話になります」
お母さまが、改めて頭を下げたので、
「おせわになります!」
俺も並んで頭を下げた。
「自分の屋敷だと思って過ごしてほしい」
お祖母さまが言うと、すかさずアルバンも
「気兼ねなくお過ごしください」
穏やかに言ってくれた。そんなアルバンを見上げて、
「よろしくおねがいします」
俺が言うと、アルバンは視線を合わせて優しく微笑んで頷いてくれた。
「大人しいものだな」
アルバンと俺のやり取りを見守っていたお祖母さまが、俺の足元にぴったりとくっついているあずきを見ながら言った。
「はい!あずきはかしこいんです!」
俺が胸を張ると、兄さんが、
「あずきは前世でもお前を守ろうとしていたな」
今も変わらないんだな、とあずきを撫でた。もちろんあずきは兄さんのこともわかるから、嬉しそうに尻尾を振っている。
「ああ、そうだ、もう1人紹介したい人がいるのだ」
お祖母さまが言うと、兄さんがあずきにぽんぽんっと触ると、席を立った。すぐに戻ってきた兄さんは、女の人と一緒だった。お母さまと同じくらいの年かな?誰なんだろうと不思議に思っていると、隣に座るお母さまが、はっと息を吸うのが聞こえた。
「おかあさま?」
見上げたお母さまは、入ってきた女性を目を見開いてじっと見ている。
「?」
どうしたのかなと思って、俺もその女性のほうを見ると、彼女もお母さまを見て、でもこちらは優しく微笑んでいた。
「しってるの?」
もう1度お母さまをみたとき、お母さまはばっと立ち上がった。
そして、
「エミーリア!」
名前を呼ぶと、その人にまっすぐに向かっていく。
「ペトロネラ」
お母さまがエミーリアと呼んだ人も、お母さまの名前を呼んで、2人はすっと自然に抱きしめあった。
「親友だそうだよ」
いつのまにかそばにいた兄さんがそっと教えてくれる。
「そうなの?」
聞き返した俺に答えてくれたのは、
「そうなのよ」
お母さまだった。
「でも連絡が取れなくなって心配していたの」
そう教えてくれるお母さまは、とっても嬉しそうだった。大切なお友達なんだね。
「実はエミーリアには、ヴィルマーの養育係を務めてもらっているのだが、ペトロネラと旧知の仲と聞いたのもあって、アンゼルムの養育係も務めてもらおうと思っている」
2人を見守っていたお祖母さまが、説明してくれた。
「まあ!エミーリアが!」
驚くお母さまに、
「ええ、しっかりとアンゼルム様の養育係も務めさせていただきますわ」
エミーリアさんが力強く請け合ってくれて、お母さまは、心の底からほっとしたように微笑んでいた。
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