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始まりの準備

 それからは目まぐるしい日々だった。前世の記憶があっても今は幼児の生活だ。平穏で規則正しい生活で、イレギュラーなことはあまりなかった。でも、引っ越しの準備や何やかやで、俺の周りは急に慌ただしくなった。……そうだな、俺の周りだ。俺自身は、幼児で自分で準備しなければいけないことなどほとんどない。せいぜい、お祖父さまがせめてたくさん持たせたいと着るものを張り切って作り出したから、その寸法を測るのに駆り出されるくらいだ。まあ、寸法を測るって特に幼児にはそんなに簡単なことじゃなくて、終わるとぐったりしてたりするんだけど、俺の周囲はそれどころの大変さじゃない。


 俺が引っ越すだけじゃなくて、お母さまも一緒だし、しかもお母さまはいずれは外国に行くのだから、準備もますます大変だ。それにこの屋敷も空にするらしい。管理人は置くけど、俺の父親が探りに来ても問題ないように、しばらくは誰も住まないし誰にも譲らないそうだ。そんな事情をこっそり聴きながらも、結局俺は割とそれまでと同じ生活を送っていたかもしれない。生活リズムが崩されることはあまりなかったし、魔道具の勉強だって、続けられた。お祖父さまとお母さまは、むしろできるだけ教えておきたいと思っているようにそれまでより熱心だったくらいだ。


 2人とも今後、特にお母さまが研究都市に行ってしまったら、俺が魔道具の勉強を続けられないじゃないかと心配してたみたい。俺も魔道具の勉強は運命を変えるのに必要だと思ってるからだけじゃなくて、好きだったから、1人でも学ぶつもりだったけど、ちょっと心配だった。でも、諸々の準備が進んでいく中で、ある日、

「クラルヴァイン公爵夫人が、魔道具を教えるために密かに訪ねられるようにしてくださるとおっしゃった」

お祖父さまが嬉しそうに教えてくれた。お母さまが研究都市に行った後も俺が魔道具の勉強を進められるように、お祖母さまは、お祖父さまに密かに俺に魔道具を教えに来れるようにしでくださるんだって。

「むしろあちらから頼まれているかのようにおっしゃってくださってな。ありがたいことだ」

お祖父さまがしみじみと言って、

「あちらにとっても孫だと大切に思ってくださるんですわ」

お母さまがありがたいことだと言う。


 お祖母さまが示してくれる配慮のおかげで、最初は俺を預けることが気がかりそうだった、お祖父さまとお母さまも随分安心したみたい。慣れるまではとお母さまも一緒だしね。それに、

「すごいな、もう魔道具作れんのか」

あれから早く馴染めるようにと数日おきに訪ねてきてくれる兄さんと俺の様子も安心材料みたいだ。

「本当に仲の良い兄弟だったのね」

あと数日で引っ越しの日という今日も、俺の縮小コピーを使った魔道具を褒めてくれて、俺の頭を撫でる兄さんを見ながら、お母さまは微笑んでいる。

「はい。今世でも大切に思っていますから、お任せください」

兄さんは、きりっとした顔でお母さまに請け合っている。自分もまだ子供だと思うんだけどな。


 なんて思った俺だけど、お母さまは、

「ええ、ヴィルマー様はしっかりしているから安心だわ」

にこにこと頷いている。さすがだ、長兄。前世分の記憶を持っているけど、幼児の体に引きずられるのか、自分の言動が子供っぽい自覚がある俺に比べて、兄さんは、この世界に生まれてからは10年ちょいなはずなのに、確かにしっかりしているように見える。いや、きっと今は幼すぎるからだな。俺の精神年齢が体に引きずられているのは。

「もうすこしおおきくなれば、おれだって……」

という気持ちが思わず口をついて出た俺に、兄さんは、

「いや、お前は前世から子供っぽいところがあったぞ」

あっさりと突っ込みを入れてくる。

「そんな……!」

ことはない、とは言い切れないかもしれない。


否定しきれずにぐぬぬとなる俺と、それを笑ってみている兄さんに、お母さまが、

「いい兄弟ね」

と言って笑いだした。

「うん」

「はい」

前世でも今世でも俺たちはいい兄弟だ。

「こちらでも2人を迎える準備は進んでいます」

だから、安心して引っ越してきてほしいと兄さんは、言って帰って行った。


「いい兄弟をもって良かったわね」

「うん」

「もうすぐここを出ていくことになるけど、きっと大丈夫ね」

どこか自分に言い聞かせるように、お母さまは言った。そんなお母さまを見上げて、

「だいじょうぶだよ」

きっぱりと言ってみせた俺に、お母さまはふっと目を見開いて、

「ええ、大丈夫ね」

今度は確信を持っていってくれた。


こうして、俺はお母さまと引っ越しをする日を迎えたのだった。新しい始まりの日を。

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