第2節
「お前達! さっさと王の麦を刈り取れ! さもなければ貴様等の首を刈り取るぞ!」
僕が森を出て人間と出会った時、初めて見たのは黄金色に輝く麦の穂が実る畑だった。
数人の農夫と思われる人間に対して馬に乗った人間が怒号を飛ばしていた。
「今年は9割だ! 税として上納せよ!」
……人間のことはあらかた知っているが、働く農夫にも食べるものは必要だろうに。
9割も取り上げてこれから来る厳しい冬をどうしのげというのだろう。
「なんだ貴様は? さっさと働け!」
「働く? 僕は農夫じゃないよ?」
「いいから働け!」
ぼーっと立っていたら馬に乗った人間に怒られた。
まぁ見た目だけなら僕は普通の人間と変わらないから仕方ないのかもしれない。
枯れ葉色の髪の毛も、青々とした葉っぱのような色の瞳も、白樺の樹皮のような色の肌も、どこにでもいるような人間と同じだ。
「さてと、この麦を刈ればいいのかな?」
「ああ。すまん。通りがかったばっかりにとばっちり食っちまったな」
近くにいた農夫の男に仕事を聞いてみた。
僕の力を使えば楽に終わるだろうがそうなると見張りはもっと仕事を増やしてきそうな予感がする。
人間と接する時は極力、僕の力は使わないようにしよう。
†
「終わったね」
「ああ……」
収穫作業が終わった頃、空はもうすっかり日が落ち暗くなっていた。
麦の穂を拾う女性達を見守りながら僕と農夫の男達は収穫した麦の周りで一緒に水を飲んでいた。
僕以外の誰もかれもが疲れた表情をしていたし、これから税として納める麦を悲しそうに見つめる人間もいる。
「税はいつもこのくらいとられるの?」
隣に座って休む男に疑問に思っていることをぶつけてみた。
彼らの着ている服はぼろ布と大差ないようなありさまだし、子供も大人もかなり痩せている。
この状況はかなり続いているんだろう。
「元々はこんなに取られなかったさ。こうなったのは先代の領主様が死んでからだ。先代様はいい人だったんだがなあ……今はただのドラ息子が領地を治めてる。作物も何もあるだけかっさらえばいいと思ってるんだ」
言葉の端に嫌味と不満がこもっている。
まあ当然か、何もしてくれない人間に自分たちの食料を取られて飢えなければならないのだから。
「そういやアンタは? 森から出てきたように見えたが狩人か何かか?」
「いや、僕はーー」
森の神、と言おうとして黙った。
そのまま言っても信じてもらえないだろうし、なにより他に面倒ごとに巻き込まれそうな予感がする。
「……どうした?」
「ああいや、なんでもないよ」
黙っていたらより面倒か。
「僕は狩人だよ。よくわかったね」
「……言っといてなんだが嘘くさいな」
失礼な。
嘘しかついていないけど誠実なつもりだ。
「で名前は?村の人間じゃないだろう?」
「名前ね、まだお互いそれほど深い仲でもないんだ。適当に呼んで」
「怪しいやつだなお前。よし、それじゃ勝手に呼ぶぞ『フックス』だ」
「フックス?」
「狐だよ。髪の色と森から出てきたからそう呼ぶことにする。いいか?」
「まあ……構わないけど」
そういえば人に名前を呼ばれたのは初めてかもしれない。
僕にはそもそも名前なんてものはないけど、なぜか少しうれしく思えた。
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