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縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
四章
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異界


飛び込むように入った細道は、足場が悪く乗り心地は最悪だった。

木の根を乗り越える度に身体が飛び跳ねる。

サイドバッグのせいで正座状態となっているので、バランスも悪く今にも振り落とされそうだった。

それでも大塚の身体には極力触れないよう、気を遣っていた真壁に大塚が声を荒げる。


「おい! ちゃんと俺に掴まっとけ!」


「……はい!」


真壁は従って大塚の肩に手を置いて耐え忍ぶ。


「どこに向かえばいい!?」


「このまま行けば脇道が見えてくるはずです! その道を曲がって……」


話しながら顔に何か冷たいものが当たる。

雨かと思ったが、白いものが視界に入るとすぐにそれが雪だとわかった。

先に進めば進むほど勢いを増していき、視界が霞み始める。


「くそっ! どうなってんだ、脇道なんかねぇぞ!」


明らかにおかしい。

バイクは時速三十km以上で走り続けている。

速度はそこまで出ていないとはいえ、ここまで道は長くなかったはずだ。

昨日と同様、変わらない景色が延々と続いている。

まるで同じ道を回り続けているようだった。


「葵さん、聞こえますか。道が昨日と変わってて、どこに向かったらいいかわかりません」


『……異……なん……当たり前……』


さっきよりも聞き取りづらくなっている。

ということは、確実に異界の奥にまで入り込んでいるということか。

ところでこの声はどこから聞こえて来てるのだろう。

いや、今はそんなことどうでもいい。


このまま進み続けていいものか悩んでいると、突然バイクが急停止した。

身体が前方へと危うく吹っ飛びそうになる。


「どうしたんですか!」


「お前、あれ見えるか?」


大塚が青い顔しながら前方を指差した。

その方向には、雪に紛れて見えづらいが白いうさぎのようなものが見える。

大きな目をこちらに向けて佇んでいた。


「小宮佳奈」


大塚が震える声で名前を呼ぶと、白いうさぎは呼応するように一度だけその場で飛び跳ね、そのまま道を走り出した。


「追ってください」


「正気か?」


「私はこのままここで、彷徨い続けて死にたくありません」


「俺はあいつに恨まれて当然のことしてんだぞ。このままついて行ったら罠の可能性だって……」


「もし罠だったとして、大塚さんがそれを咎められる立場なんですか?」


「俺はいいとして、お前まで巻き込むわけにはいかねぇだろ」


他人を気遣えるほどの余裕があるとは意外だった。

それとも、小宮佳奈から逃げるための言い訳だろうか。


「ここで死んだら、内海さんの二の舞ですよ。小宮佳奈さんのことは私の方が理解してますから、大丈夫です」


大塚は覚悟を決めたかのように大きく息を吐くと、再びバイクを発進させた。


うさぎは一本道の真ん中を走って行く。

白い景色の中見失わないようについていくと、見覚えのある道に出た。

危険を察知したのか、突然立ち止まる。

習うようにバイクも止まった。


白うさぎのその先の道には、昨日の記憶通りであれば道祖神があるはずだった。

しかしその道祖神は複数の手によって覆い隠され、見えなくなっている。

まるで何かを守り封じ込めているかのようだった。


「大塚さん、この先にある石でできた道祖神が見えますか」


「ボヤけて見えづれぇけどなんとなく」


「石の様子はわかりますか」


「でけぇヒビ入ってんな」


もしかしたら、そのヒビのせいで手と目の異界の境界があやふやになり、異界の範囲が広まったのかもしれない。

手は恐らく目の異界に飲まれかけている。

それを必死に食い止めようとしているのだろう。


「これ、本当に壊していいのかなあ」


真壁は頭を抱え込む。

葵からの返事はもうなかった。


壊したとして、その先の目の異界に引きずり込まれたら大塚と引き離される可能性もある。

何も視えない大塚を、目の怪異の中で孤立させることだけは避けたかった。


であれば、大塚をなるべく安全な場所に避難させてから実行するしかない。


「ここまで送ってくれてありがとうございました。大塚さんはこの札を持って、できるだけここから離れてください。これがあれば大抵のことはなんとかなります。多分」


真壁はバイクから降りて、葵から渡された最後の札を大塚に渡した。


「お前はどうすんだ」


「私はあの道祖神を壊さなくちゃいけないんです」


「俺も残る。何も壊すのがお前じゃなきゃいけない理由はねえんだろ」


……そうだった。

彼は本当に後輩想いのいい先輩だった。

そんなところも推してたんだった。

でも彼の過去を知った今、彼のことはもう手放しでは尊敬できないし信頼もできない。

だからこそ、彼をここで死なせるわけにはいかないのだ。


「大塚さん。ここは私がいる現世とは違う世界です」


「信じたかねえが、さすがに嫌でも察する」


大塚は気味が悪そうに辺りを見回した。

常に誰かに見張られてるかのような気配に、異様な空気感。

真壁でさえ鳥肌止まらないほどである。


「内海雄大さんはこの異界で亡くなっています。その結果、現世で彼と縁が結ばれてた奥様やお子さんがどうなったかわかりますか」


大塚はわかりやすく、ごくりと生唾を飲んだ。

存在が世界から消えた後、最初からいなかったことにされる穴埋め。

それは神隠しなどという言葉は似つかわしくないほどに杜撰で、残酷な所業だった。


「奥様の記憶からは内海さんの存在が消えて、婚姻の事実も出産も全てが無かったことになりました。彼女の心体はそれに適応しきれずに自殺。お子さんは内海さんと同様に、存在が無かったことになっています。ーー大塚さんがここで死んでしまったら、現世にいる奥様やお子さんにも影響が出るんです」


大塚は顔を引き攣らせながら、そんな馬鹿げた話信じられないとでも言いたげに首を横に振った。

その目には今にも溢れ出そうなほど涙が溜まっている。


「は、はは。嘘だろ? なに、もう内海の嫁は死んでて、子どもも消えちまってるってこと?」


真壁は驚いた。

彼が泣くまで、内海のことも本当は大して案じてないのではないかと思っていたのだ。

全ては他人を自分の都合のいいように動かすためのパフォーマンスで、本当は心なんてこもってないのだと。

……そうでも思い込まないと、ちゃんと軽蔑し続けられないではないか。


「あいつ、最後に会った時嬉しそうに嫁と子どもの写真見せて笑ってたんだぞ。やっとパパって呼んでくれるようになったって……嫁のために風当たり強い中育休取って、記念日には必ず花買って……そんな……そんな馬鹿みてぇな善人がいなかったことになって、全部消えちまうなんて……そんなのありかよ!?」


震える涙声を聞いて、真壁は拳を握る。

これは演技ではない。

だとしても、今自分のすべきことに変わりはない。


「ここで死ぬってことは、そういうことなんです。大塚さんは絶対に生きて帰って、ちゃんと過去と今に向き合うべきです」


「……俺は最低な人間だ。背負ってるもんもお前より長く生きてる分多いかもしれねえ。お前はだからこそ生きて償えって言いてえんだろうが……だが、だからって、善人のお前が死んでいい理由にはならねえだろうが!」


「私は大塚さんよりこういうことに慣れてます! それに、こんなところで死んでやるつもりもありません!」


馬鹿にするなと言う意を込めて大塚を睨みつける。


「はっきり言って、怪異が見えない大塚さんは邪魔です。こうしてる間にも、他に命が危険に晒されてる人がいます。早く行ってください」


静かにそう言い放つと、大塚は天を仰ぎ見てから服の袖で涙を拭った。


「……絶対帰って来い」


「はい!」


絞り出すような大塚の低い声に応えるため、真壁は敬礼して見せた。

大塚は苦痛に耐えるかのような表情を見せてから、バイクを方向転換させて来た道を戻っていく。


真壁はその背が見えなくなるまで見送っていた。


「さてさて……」


振り返り改めて怪異を眺める。

地面から生えた性別や年齢が統一されていない手が、まるで蔓のように道祖神に巻き付いて覆っていた。

うさぎの姿はいつの間にかどこにもない。


残りの弾数は四発。

使えそうな所持品は道祖神を壊す為の工具と、お守りのみ。

携帯の電波を確認しようとダメ元で画面を照らすと、時間表示が文字化けのようになっていて現在時刻すらもわからなくなっていた。

当然のことながら電波もなく、他の班員からの助けも見込めない。


……死んでやるつもりはない、なんて偉そうに先輩に向かって啖呵切ったの生まれて初めてだ。

本当は手も足も震えて怖くてどうしようもない癖に。


「千華、守ってね」


お守りを両手で握りしめてから、大事にポケットにしまった。


とにかく、あの道祖神さえ壊せればそれでいい。

残りの弾で覆ってる手を集中して撃てば手と手の間に隙間ができて、そこから道祖神を工具で壊せるかもしれない。

後のことはそれから考えよう。


真壁は口に杭を咥え、ホルスターにハンマーを差す。

拳銃を両手で構えて、呼吸を整えた。


すーっと息を吐き切ったのと同時に地面を思い切り蹴りつける。

怪異との距離を詰めながら、覆っている手を一枚ずつ慎重に撃ち抜いた。


一発。

二発。

三発。

四発。


ようやくできた隙間から道祖神の姿を確認する間もなく、直ぐに拳銃を捨ててハンマーに持ち替える。

左手に杭を持ちハンマーを振り上げ、その隙間を覗いた。


その瞬間。

あまりの衝撃に呼吸が止まり、身体は浮遊感と息苦しさに襲われた。

手にしていた杭とハンマーは地面に落ちる。


ーー何が起きたの。


揺らぐ視界の中、捉えられたのは繭のような手の集合体。

それを上から見下ろしている。

そこで初めて身体が宙に浮いているのだと気づいた。


隙間を覗いたあの瞬間、掌は既にこちらを狙っていた。

そしてそのまま一直線に真壁の首へと伸び、掴み上げて身体ごと宙吊りにしたのだ。


「くっ……そ……!」


宙吊りにされながらも暴れるが、暴れれば暴れるほど呼吸ができなくなる。

爪を立ててもびくともしなかった。

そのうち抵抗できなくなり、身体が重力に従って垂れ下がる。


……やっぱ、ダメか。


薄れゆく意識の中、頭に声が響いた。



ーー縁は炎の中にあり。



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