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縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
四章
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神隠し


昨日柳原たちと入った脇道の近くには、白バイに跨った警察が待ち構えていた。

パトカーから降りると彼は人懐っこい笑みを浮かべて、「大塚先輩! お疲れ様です」と近寄って来る。


内海(うつみ)。なにしてんだ、こんなとこで」


「島岡課長からの指示で待機してました。この先車入れないんで、このバイク使ってください。足場悪いですけど、先輩なら余裕だと思います」


バイクから降りた内海の視線が大塚から真壁に移る。

その瞬間、鼓動が大きく脈を打った。

ポケットに入れているお守りが熱い。

彼がこちらへ近づくのに比例して、鼓動が早くなる。

しかし彼は真壁を素通りしてパトカーへと向かっていた。


「じゃあ、車は俺が引き取りますので」


そう言って、内海は大塚に挨拶してパトカーの扉へと手を伸ばす。


その間、真壁は射撃訓練での作動を思い出していた。

徐々に拳銃の重みが腰にのしかかる。

そして腰に下がったホルスターから拳銃を抜き、銃口を内海に向けた。


「動かないで!」


内海は背を向けたまま止まった。


「何やってんだ真壁!」


大塚が声を張り上げ止めようとする。

その前に、真壁は大塚よりも大きな声を張り上げた。


「大塚さん! 私は内海さんという方にお会いした事がありません!」


「は、はあ? 何言ってんだ、内海は交通課(うち)の……! ……うちの……」


大塚の動きが止まる。

その視線は真壁から内海へと移った。


「そうだ内海は俺の後輩だった……なんで今まで忘れてたんだ……」


真壁が内海の名前を知ったのは、連続失踪事件の調査記録と友膳の口からのみだった。


異界入りし帰って来られる人間はそうそういない。

そして異界から帰って来なかった人間は、現世の人間の記憶から消え去るのが通常だ。

過去の記録からさえもその人間の姿や名前だけが消えていき、生きていた証そのものが失われていく。

そして失われた記憶の穴は、全て辻褄が合うように改竄されて埋められていく。

最初からその人間など存在していなかったかのように。

これを友膳班は神隠しと呼ぶのである。


真壁と巧は今回この事件を担当するにあたって、過去捜査していて神隠しになった警察官の名前を友膳の口から告げられていた。


内海(うつみ)雄大(ゆうだい)

彼は二十年前、遠藤真希の捜査を友膳と共に担当していた刑事だった。


「内海さんは友膳警部と担当した事件の捜査が打ち切りになった後、交通課に異動になりましたがその後も個人的に捜査を続けていたそうです。行方不明になったのはその時だと思います」


「……とにかく、銃を下せ」


「大塚さん、あの人は内海さんではありません」


拳銃が具現化した時点でここはもう、異界の中だと確定した。

だとすれば、目の前にいる彼は目の怪異が見せている幻。

いつから異界に入ったのか。

いや、そもそも境界の役目を果たしていたはずの道祖神は……。



「はははは、は、は、はははははは」



内海の突然の奇声に思考が止まる。

ぐりんと180度回った首。

……この表情は何度か見た事がある。

虚な目に生気のない顔色。

死んだ人間の顔だ。


「お……お……つか……せん、ぱ、ぃ」


首に遅れて身体がゆっくりとこちらを向き始める。

大塚は真っ青な顔をして後退りした。


真壁は奥歯を噛み締め、引き金に指の力を込める。



ーーパンッ!



鋭い音と共に放たれた銃弾が内海の胸を貫き、内海の身体はそのまま地面へと倒れた。


これで異界から出られる。

そう思っていた。

しかし内海の身体が消えることはなく、鮮血が地面を黒く染めていく。


「内海ぃっ!!」


大塚が内海へ駆け寄る。

真壁は銃を構えたまま、動けずにいた。

次第に手が震えて呼吸が荒くなる。


ここは間違いなく異界で、内海は明らかに異常だった。

だから内海を殺せば異界から出られるはずなのに……出られないとしたら、あの人は本当に……?



『……もしも……聞こ……る?』



と、首元から途切れ途切れに声が聞こえてくる。

それは不覚にも泣きそうなほど安堵する声だった。


『それ……じゃなくて手……』


真壁はハッとして顔を上げる。


「大塚さん離れてください!! 大塚さん!!」


真壁は言葉を最後まで聞き終えるより早く、大塚を追いかけていた。

しかし内海の身体からは既に無数の手が生え始めている。

大塚にはソレが視えていないらしく、その足を止めることはなかった。

大塚が内海の身体に縋り付く。

手が大塚を覆い始めた。


ーーダメだ、間に合わない。

しかも数が多過ぎて銃弾では確実に捌ききれない。


『見捨てちゃえば?』


まるで真壁の心の内を見透かすような声。


そうだ、最初から大塚は捨て駒だった。

友膳警部もそれを見越して彼を送ったに違いない。

だからここで彼を見捨てたとしても、きっと私は彼の存在も忘れて罪の意識さえ感じないだろう。


ーーでも。それでも、私はそんな自分が一生許せない。


「おりゃあああ!!」


真壁は叫び声を上げながら、ポケットの中の札を一枚丸めて無数の手に向けて投げつける。

それは宙で弧を描き、内海の身体から伸びる手に触れた。


その瞬間、内海の身体ごと着火し大きな火柱が上がった。

まるで引火剤でも使ったかのようなその炎の勢いに、真壁も大塚も絶句する。

手は悲鳴を上げるかのように苦しみもがいていた。


「なんて危ないもん持たせてくれてやがるんですか!?」


『いや、僕の……ないし』


抗議の声も途切れ途切れで聞こえづらい。

とにかく今はここを離れなくては。


「大塚さん! 早くバイク乗って下さい! 私、あんなの運転なんてできません!」


炎に包まれた内海から咄嗟に離れた大塚を一喝し、真壁は白バイのブリーフボックスの上に無理矢理跨った。

それを見ていた大塚は、内海に後ろ髪を引かれつつも白バイの方へ駆け寄る。


「……後でちゃんと説明しろよ」


「わかってます。あの細道を行ってください」


真壁は昨日葵と柳原と歩いた道を指差す。

大塚は内海の焦げた遺体を一瞥し、小さく舌打ちをして発進させた。

補足:中尾、小宮、遠藤の三人は死因があるため神隠しではありません。神隠しは身体ごと異界入りしてそのまま戻らなかった人間のことを示します。魂のみが異界入りして戻らなかった場合は、現世では突然死として扱われます。

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