処遇
パトカーを走らせること数十分。
その間、真壁も大塚も一言も話すことなく車内には気まずい空気だけが漂っていた。
何回目かの信号待ちで、大塚がやっと口火を切る。
「あー……その、なんだ。哀れなおじさんの話聞いてもらえる?」
「あ、はい。どうぞ」
大塚は頬を掻く。
「小宮佳奈の件は、事故死になった。二十年間行方不明だった少女は当時氷点下二度の猛吹雪の中、クラスメイトのいじめによりぬいぐるみを神社に探しに行き、神社境内の防空壕の中にて凍死」
小宮佳奈の件が事故死で片付けられたことは真壁も耳にしていた。
しかし、これは立派な殺人だ。
もし大塚が彼女をいじめていなければ、大塚が警察官になったように彼女にもきっと未来があった。
絶対に許されない。
「小宮佳奈が行方不明になったと聞いた時、どうして周りの大人に打ち明けなかったんですか」
「……保身だな。あの頃の俺は自分が正義だと思い込んでた。自分のすることが正義で、周りの気に食わない奴は悪だった。周りの大人はルールそのもので、そのルールをきちんと守ってさえいれば、あとは目の届かないところで何をしようが自由だと思ってた。なんなら俺がルールになって、周りを従わせたいとまで思ってたな。そんなクソガキが、いつの間にか大人のルールを破った。とんでもねえことしちまったってことはわかってたが、その罪の重さは知らなかった」
信号が青に変わり、車が発進する。
「神社には一度も行かなかったんですか」
「もしかしたらと思って一回だけな。薄気味悪くて境内の方までは行かなかったが、神社の周りだけはぐるっと一周してよ」
「防空壕は見つからなかったんですね?」
「好奇心旺盛なクソガキだったからな。あんな穴蔵見つけたら、秘密基地にでもしてただろうよ」
やはり巧の報告の通り、ひよりが彼らを見つけなければ現実でも彼らは見つからないということなのだろう。
「遅かれ早かれ、俺が小宮佳奈を事故死させたことはメディアにすっぱ抜かれる。SNSじゃ、とっくに特定されてるだろうし、署内が苦情の嵐になりゃ監査も動き出すだろうな。妻子には全部話して、実家に帰ってもらった。何されても文句言える立場じゃねえけど、家族だけはな……」
あんなことをした人でも、自分の家族は大切だと思えるらしい。
「小宮大和さんも、同じ気持ちだったと思います」
「ああ。俺のこと殺したくてしょうがねえらしい。当然だな」
「会われたんですか」
「いや、人伝にだ。直接謝罪をしたいとは伝えたが、取り合ってもらえなかった。親父さん、末期の癌なんだってな。せめて親父さんの医療費と、お袋さんの今後の生活を慰謝料として払い続けたいと思ってるが……」
監査の下す処分によっては免職もあり得る。
無職のまま払い続けるとなれば、地獄のような日々になるだろう。
それとも資産家の実家にでも頼るのだろうか。
なんにせよ、小宮夫妻はそんなお金は受け取らないだろう。
受け取ったところで、娘が帰ってくるわけではないのだから。
元推しだというのに、大塚が不幸になることに憐憫すら感じない。
むしろ自分がここまで冷徹になれる人間であることに驚嘆していた。
ずっと苦しんできた小宮大和の姿を見てきたことで生まれた真壁の中の正義が、大塚を絶対に許してはいけないと叫んでいる。
「今は友膳が与えてくれた機会に応えるしかねえ。本当は待機命令食う寸前だったんだが、友膳がどうしてもって食い下がってきたらしい」
「私、何も聞いてないんですが」
「……え? 俺もお前と一緒に目境町に行けとしか言われてねえんだけど?」
友膳は真壁が命令を無視して、目境町に行くことを知っているのだろう。
なのに具体的な指示がない、ということはつまり。
突然携帯が鳴る。
見ると、登録されていない番号からのメッセージだった。
『責任は私が取ります』
真壁は文面を見て青ざめた。
友膳班はここ数年間で、何十人と行方不明者を発見し未決を解決してきている。
ただ、その裏で警察官が行方不明になっていることも事実だった。
それなのに、警察内部でそれが問題になったことは一度もない。
なぜなら、行方不明になった警察官はいずれも監査が目を付けているような、訳ありな者たちばかりで、いつ失踪してもおかしくなかったからだ。
噂では、彼らは行方不明になる前に必ず友膳班から特命を受けていると言われている。
そして、監査もそれについては何も指摘しては来ない。
もし友膳と監査の誰かが繋がっていたのだとしたら。
このメールの文面から読み取れる彼の意図。
それはーー
『彼の処遇はあなたに任せます』
心臓が大きく脈打つ中、真壁は運転している大塚を横目で見やる。
仮にこれから行く先で彼を犠牲にしてもお咎めがない、ということ。
つまり彼を盾にしろという事だ。
もしそれを拒んで公にしたら、真壁の上官命令無視を問題にするつもりなのだろう。
「……大塚さん」
「ん?」
「生きたい、ですか?」
我ながら酷い質問だとわかっている。
しかし、彼の口から彼の言葉が聞きたかったのだ。
案の定、大塚は眉を寄せて答える。
「当たり前だろ。まだ果たしてない責任が多過ぎる。自殺なんか無責任なこと考えちゃいねえよ」
「私もです。これが全部終わったら、有給取って母と京都に行く約束してるんです」
「……なんかフラグみたいなこと言うのやめてくんない?」
「だから、必ず一緒に生きて帰りましょう! 大丈夫です、お守りもお札も持ってますから! あとはなんとかなります! ……もしならなくても、遺族にお金は入りますから」
「なんか凄く怖くなってきたから俺帰っていい?」
「だめです。私たちが行かないと命が危ない人が四人もいるんですから」
「……ところで佐々木どうした。サボり?」
「佐々木さんならもう現着してます。四人のうちの一人です。とにかく夕暮れまでにケリをつけないと」
現在九時前。
時間的には余裕かもしれないが、異界に入ったら時間などあってないようなもの。
とにかく急いであの道祖神を壊さなければ。
雲が次第に厚くなっていく。
二人が目境町に着く頃には、町を覆うかのように小粒の雪が降りしきっていた。