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縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
四章
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チョコレートケーキとアールグレイ


『……もしもし、紗良? どうしたの、急に』


少し関西の訛りが混じった母の口調に安心する。

都内に引っ越してかなり経つというのに、訛りだけはなかなか抜けないらしい。


「元気してるかなって思って」


『元気元気。孫見るまで死ねんからね。あんたも元気でやっとる? 仕事キツいんやないの?』


心の底から案じてくれている声に、思わず甘えてしまいそうになる。

真壁は下唇に噛みついた。

そして、声が震えないよう精一杯元気な声を振り絞る。


「正直かなりキツい。でも私、警察になってよかったって思ってるの。守りたい人を守れるこの仕事が好きなんだと思う。今までずっと千華の背中追ってきたつもりだけど、いつか千華を超えたいって……」


『なんかあったやろ』


母の鋭い言葉に声が詰まる。


「なにもないよ?」


電話の向こうから深い息を吐く音が聞こえてきた。


『死人に囚われるのはもうやめなさい。死んだ人間を超えられるのは、年齢だけなんやから。ただ紗良は紗良のままで、今の仕事が好きならそれでいええやない? 違うの?』


必死に堪えていた涙がとめどなく溢れてくる。

思えば、父や母からは千華と比べられるようなことを言われたことは一度もなかった。


『お父さんもお母さんも、そのままの紗良が大切なんやから、千華に寄せる必要なんかない。嫌になったら、いつでも帰ってきなさい』


「……ぅん……うん……」


真壁はずびずびと鼻水をすすりながら首を縦に振る。

この親の子どもでよかった。

しかしそんな感動を噛み締める間も無く、真壁の母はあっけらかんとした声で普通に話を続けた。


『ああ、それからね、おばあちゃんとこの間電話してたんやけど、おじいちゃんがまた変なこと言うてるんやて』


「……なんて?」


『神社に剣の御神体あるやろ。あれが頻繁に夢に出てきて喋りはるって。何を話してるのって聞いたら「縁は炎の中にある」って一方的に言われるだけや言うとったわ』


真壁にはその話に聞き覚えがあった。


「それ、千華が死ぬ前にも言ってたよね。その時は女なのか男なのかわからない、泣き声が聞こえたって言ってたけど」


『そうなんよ、ただボケただけとは思えへんくて。あんたも気をつけなさいよ』


「わかった。そろそろ有給取って帰ろうかなって思ってるから、その時におじいちゃんとこにも顔出すよ」


『そやね、お母さんも随分長いこと帰ってへんし、今度一緒に行こか。有給取れたらまた連絡して』


「うん。それじゃあ、またね」


『はいはい、またね』


真壁は涙を袖で拭って祖父の言葉を思い起こす。

縁は炎の中って何のことだろうか。


「で、行くの?」


と、上の方から声が聞こえた。

そちらを向くと、幽霊のような顔色をした葵が階段の上からこちらを見下ろしている。


「行きますよ。行かないと、あなたも危ないんでしょ」


「よくあんな話信じるね。僕のはただの風邪だとか思わないの?」


「私が信じてるのは、自分の目で見て感じたものです。だから、今あなたがしてることを疑ったりしません。あなたを信じてます」


真っ直ぐ見つめてそう言い返すと、葵はぷっと小さく吹き出して笑った。


「そんなふうに口説かれたの初めてだよ」


階段を下りてこちらの方へ近寄ってくる。


「く、口説いてません!」


この自意識過剰男が。

そう睨みつけると、気付けばその男の顔は目の前まで迫っていた。

指が首筋を撫でる。


「最後かもしれないし、もう一回する?」


耳元のから聞こえる囁きは、腰が抜けるかと思うほど甘い。


「……殴るまでがセットですよ?」


精一杯の強がりで背中に壁が当たるほど距離をおき、手を振り上げた。

葵はぱっと両手を上げる。


「こわーい、冗談なのに」


さっきまで男の顔をしていたのに、今では子どものように無邪気に笑っている。

どこまでが冗談なのかわからない。


葵はスウェットのポケットに手を突っ込み、小さく畳まれた紙を数枚差し出して来た。


「出血大サービス。僕の血の濃度が高い墨で書いてあるから、持ってるだけで強力な魔除けの効果があるよ。ほぼひよりちゃんの部屋に使っちゃってもう二枚しかないんだけど、ないよりマシでしょ」


今回の札にはご丁寧に両面テープが貼られていた。

受け取りつつ、異界でこの札を木々に打ち付けていたのを思い出す。


「これ、またどこかに貼るんですか?」


「使い方は自由だけど、異界の時みたいにはいかないだろうね。この札の気配はバレてるから、気取られたら逃げられる。そうなると、巧とひよりちゃんの魂の方に釣られる可能性があるから、領域内で持ち歩くのはおすすめしないかな。領域外のどこかに札を貼って、その前を通過させるとか。ただね……怪異、手と目がいたでしょ」


葵は気怠そうに額の髪を掻き上げ、独り言のようにぶつぶつ話し出した。

その仕草すらも色っぽく見えてしまうのが、本当に腹立たしい。


「あそこ二層構造の異界みたくなってたけど、別に怪異同士で協力してたわけじゃないんだよね。最初に目の怪異が発生して、その後道祖神を建てて封じたんじゃないかな。手はその道祖神の手前で発生したって考えるのが自然か。……うん、頑張って!」


ぽん、と肩を叩かれた。


「いや、攻略法は!?」


「最初に手をどうにかしてから道祖神壊した方がいいよ。でないと挟み撃ちにされて死ぬから」


「それはアドバイスって言うんです!」


「あとさっきも言ったけど、領域内では絶対死なないでね。ーー大丈夫だって。今頃君の優しい上司が何か策を練ってくれてるよ」


「この場にいない友膳警部が、どうやってそんなことできるんですか! こっちはこれから上官命令無視して処分覚悟で行くんですよ!?」


ついでに命だって懸っている。

よくもそんな適当なことが言えたものだ。

胸倉に掴み掛かろうとしたところで、リビングの扉が開いて柳原が顔を出す。


「紅茶が入ったが」


「じゃ、お互い生きてたらまたね」


葵はそのまま振り返ることもなく部屋へ戻って行った。

その背中に、


「薄情者! 死んだら呪いますから!」


と悪態を吐いてリビングに入った。

テーブルには紅茶とケーキが置かれている。


「頂きます!」


真壁は鼻息を荒くして、それらをよく味わいもせず口に運んでいった。

これが最後の食事になるかもしれない。

そんなことも忘れて、半ばヤケクソで詰め込む。

口の中は歯が溶けるかと思うほどの甘さが充満していた。

それをアールグレイで無理矢理流し込む。


「あっつ!」


「そんな慌てなくても……」


柳原は終始複雑そうな顔をして真壁を見つめていた。


口の中がさっぱりした頃、真壁は「よし」と立ち上がって渡されたハンマーと釘と大祓守をバッグに詰め込む。


「では、行ってきます」


「……ああ、くれぐれも気をつけて」


覚悟を決めて玄関の扉を開けようとすると、家の前で車が停まるような音がした。

気にせず扉を開けると、


「よっ」


想像以上の数の怪異たちの合間から聞き覚えのある声が聞こえてくる。

しかしその姿は怪異のせいではっきりとは見えない。


「え、お、大塚さん!? ですか!?」


真壁が家を出ると怪異たちは怯えるように避けて行く。


「嘘だろ、俺のこと記憶から消したくなるくらい嫌いになった?」


「いや、そうじゃないです。あーもう、邪魔! しっしっ!」


真壁が葵からもらった札で空間を払うと、一部の怪異が消え失せていく。

なんとか前へ進むと、ようやくパトカーと運転席に座っている大塚の姿が見えた。


「お前までそんな悲しいこと言うなよ。俺もう署に居場所ないくらい蔑まれてんだぜ?」


さっきの「邪魔」という言葉は、自分に対してだと思ったらしい。

本当に参ったように額に手を当てている。


「それは自業自得ーーそんなことより、どうしてここに?」


「友膳警部殿から要請が入ったんだよ。とりあえず目境町まで送ってってやる」


友膳警部が?

何も報告していないのに、なぜ交通の大塚を寄越したのだろうか。


「失礼します」


真壁は助手席に乗ると、しっかりシートベルトを絞めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] おじいちゃんの意味深な言葉……今後の展開がとても楽しみです!
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