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縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
四章
93/104

拝啓



ーーーーー



拝啓、天国の千華様。


私は昨日あなたと感動的な別れを終えた後、あの胡散臭い男に唇を奪われました。

姉にこんなことを打ち明けるのもどうかと思いますが、濃厚なやつです。

トラウマになりそうなくらいのやつです。


いや、そんなことはどうでもよくて。

そいつは全国の警察官が目を光らせている要注意人物の男で、私が担当している未決事件の協力者でもあります。

なので私は警察官として、これからその男と会わなければならないわけです。

上司は引き続き彼から目を離すなと、仏のような顔で鬼のような命令を下しました。

千華のことだから、きっと天国から今も私のことを見下ろしてゲラゲラと腹を抱えて笑っていることでしょう。


……本当に笑い転げている顔が浮かんできて腹が立ってきた。

笑ってないで、どうしたらいいのか教えてよ!!


敬具


追伸

一応言っておくと、あの男に対して全くこれっぽっちも恋愛感情は抱いていません。

……ただ彼と接しているうちに、彼が殺人を犯すほどの犯罪予備軍に該当する人物には思えなくなってきました。

彼は従妹を助けるために、自分の身を顧みようとしません。

私のことも一応、助けてくれたし。

そんな人が特異体質というだけで国から不当な扱いを受けるのは、どうにも納得いかないのです。

千華なら、どう思いますか。



葵の家へと向かう道すがら、真壁は姉に対して心の中で手紙をしたためていた。

そうでもしなければ、とても正気ではいられなかったのである。


「きっと朝には忘れているに違いない!」と言い聞かせて、昨夜は無理矢理眠りについたのに、残酷にもその記憶が消えることはなかった。

むしろ、今となっては消されていた記憶まで鮮明に思い出せている。

一昨日の小宮夫妻の出来事。

まるで最初から榊葵など存在していなかったかのように、記憶が改竄されていた。


自分と他人との縁を切るという特異体質の真髄を実際に体感した感想は、ただただ恐ろしいということだった。

記憶の改竄が知らない間にされているとなると、確かに彼が罪を犯してもその証拠を留めておくのが難しい。

でもだからと言って、罪を犯したわけでもないのに、このままずっと警察に監視され続けて生きなければならないのは少し違うような気がしていた。


彼はどんな思いで生きているのだろう。

アウターのポケットに手を入れると、洗ってアイロンがけまでした彼のハンカチが指先に触れた。


彼の家の近くまで着き、「確かこの辺だったはず」と顔を上げる。

そして、直ぐにその家があるであろう方向から背を向けた。


え、待って。

待って待って?

なんで家の前にこんな人混みできてるの?

この家、世界的有名スターの家だった?

いやよく見ると全員生きてない。

あ、そっか、この家、怪異ホイホイの家だった。

てか私、これからあれの中に割り込んで家の中入るの!?


嫌な汗が噴き出してきた。


「……なんか今日異様に寒くない?」


「そうかな? 日陰は寒いけど、ここら辺はあったかい方じゃない? そういえば、目境町の方は今年もめちゃくちゃ大雪らしいよ」


「なんかあそこだけ毎年雪降ってるけど、こっち全然だよねー。逆に降って欲しいわ」


家の前の怪異たちを通り抜けてきた登校中の女子高生が、そんな会話をしながら通り過ぎて行く。


制服姿の呑気な彼女たちの後ろ姿を見て、ひよりのことを思った。

彼女もこんなことに巻き込まれていなければ、今頃は残された高校生活を悔いなく過ごせていたのだろうか。

学校には心から笑い合えるような友人はいなかったようだが、大学へ進学したらあの子達みたいに笑い合える同級生と出会える可能性だってあるはず。


『俺は彼女を葵のようにはしたくありません』


巧と取った昨夜の連絡。

このメール以降、何度連絡を入れても今日はまだ繋がらない。

友膳にも連絡は来ていないようだった。


あの文言には何か異様な覚悟を感じる。

他の班員は巧が独断で動いているのではないかと勘繰っていた。

友膳班において、独断の単独行動は死に近づいていることを意味する。

真壁が異界入りしたと知れ渡った瞬間、班の仲間たちから即座に殉死扱いされていたほどだ。

今朝も出勤したら死人を見るような目で見られた。


……ここで怯んでどうするの、私。

私は刑事。

でもこれが公務か公務じゃないかなんて、もうそんなことはどうだっていい。

みんなが命がけで榊ひよりを救おうとしてる。

ここで逃げて退職届なんて出したら、一生後悔するし死んでからも千華に嗤われる。


気合いの一発で両頬を叩き、振り返る。

深呼吸をして、家の前へと歩み出した。


きっと、今までなら頭痛で近寄れなかったはず。

でも今はただただ寒いだけだった。

集まったモノたちの刺すような視線を避けながら、家のインターフォンを鳴らす。

ーー瞬間、重い何かが肩に次々とのしかかってきたかと思えば首に巻きついてきた。


これまで怪異に触れられたことが一度もなかったのは、千華のおかげだったんだ。


冷たい。

息苦しい。

恐怖のあまり、声すら出なかった。


ーーお願いだから早く出て。


このまま憑き殺されるのではないかと思うほどの恐怖を、玄関の鍵が開けられる音が切り裂いた。

勢いよく扉が全開される。


真壁は扉を開けた人物の表情を確認することもせず、助けを求めて家の中に飛び込む。

それと同時に身体にへばりついていたモノたちが一斉に落ちた。

反射的に扉の外を振り返って、それらを確認する。


「ひっ……!」


子ども一人分ほどありそうな大きな掌と長い黒髪、その隙間から血走った大きな目が複数こちらを捉えていた。

まるで、何かを必死に渇望しているかのような目だった。

他のモノたちも同じように何かを求めてこちら側を目指しているが、見えない壁に阻まれて近づくことすらできていない。


「邪魔」


短く吐き捨てるように言葉を投げかけられると、家の中に突き飛ばされた。

彼が紙ゴミのようなものを外に投げつけると、その周囲のモノがたちまち霧散する。

葵は最後までその姿を確認することなく、乱暴に扉を閉めて札を二重に貼り付けた。


「……いらっしゃい」


扉に頭をもたれ、背を向けたまま今にも死にそうな低い声を絞り出している。

全く歓迎されていないのがよくわかった。


「外の様子はどうだった?」


と、二階にいたらしい柳原が階段を降りながら聞いてくる。


「……今ので雑魚は逃げるか消えると思うけど、そのうちそれ以外のモノは寄ってくる。さすがに死神とか来たら……」


そこまで言うと、葵は苦しそうに激しく咳き込んだ。

先程から様子がおかしい。

髪の合間から見える耳や首筋は真っ赤に染まっていた。


「あの、ちょっと失礼します」


臆せず葵の額に手を伸ばそうとする。

が、その手は振り向きざまに払い除けられてしまった。


「来て貰って早々悪いんだけど、君にやってほしいことがある」


顔を真っ赤にして少し息も上がっている。

しかもいつになく真剣な眼差し。


その色気に思わず昨日のあれを思い出してしまい、顔を背けた。


「……げ、現状報告してもらえますか」


「巧とひよりちゃんが仮死状態。魂は隠し神と接触中。長引けば最悪、僕とおじさんも含めて四人死ぬ。タイムリミットはこっちだと今日の夕暮れ。その前に向こうでひよりちゃんが死んだら終わり。僕とおじさんはここで二人の身体を守らないと……」


いい終わる前にまた激しく咳き込む。

呼吸をする度に、ヒューヒューと苦しそうな音がしていた。


「後は私が説明するから、お前は二階に行ってろ」


「あ、あの、大丈夫なんですか……?」


なんだか只事ではなさそうな雰囲気に気圧された。

いつものあの太々しさがない分、余計に心配になってしまう。


「……はは。僕のことより自分の心配した方がいいよ。あと、嫌なら断ってもいいからね。そんな期待してないし」


心配して損した。


真壁はポケットからハンカチを取り出して葵に投げつけた。


「あなたから期待されたくて警察やってるわけじゃないので。病人はさっさと寝てどうぞ?」


「……わー、優しくて涙出そう。……うわ、柔軟剤くっさ」


「この場ではっ倒しますよ?」


「やだやだ、なんで僕の周りに集まる子ってみんな野蛮なんだろ。ひよりちゃんの教育に悪いから帰ってくれる?」


「このアホ。真壁さんがいないと私たちはここで籠城するしかないんだぞ。お前はさっさと部屋に戻ってろ」


子どもに言い聞かせるように柳原が叱責すると、葵は呆れたように息を吐く。


「誰のせいだか。ーーじゃあ、あとよろしく」


葵は二階へと上がって行く。

その途中、思い出したかのように立ち止まって振り返った。


「そうだ。隠し神の領域では絶対死なないでね」


「どこででも死ぬつもりありませんけど」


「へぇ、僕がいなくて大丈夫?」


にこりと笑みを浮かべる。

その笑みにどんな意味が込められているのか、直ぐに理解できた。


「うるさいうるさい!! さっさと寝てください!!」


「はいはい」


むかつく!!

せっかく一瞬忘れてたのに!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 真壁刑事の〝手紙〟がとても面白かったです!! 死にそうな葵……心配より先にキュンとしてしまいました(笑) [一言] 今回もとても面白いお話をありがとうございます! 次の投稿も楽しみにし…
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