稲荷
「行方不明者たちの自宅から、三百m圏内にある神社が関係してると思われてる。創設年不明、神主とその血縁関係者の現在と土地所有者も不明。何を祀ってる神社だったのかもよくわかってない。わかってることは、軽く百年以上は神主がいないってことだけだな」
「その神社、稲荷がルーツだと思うよ」
葵はさらりと言い放った。
だと思う、と言いつつも確信しているという口調だ。
「稲荷? 稲荷って稲荷神社とかの稲荷か? 狐を祀ってる」
「稲荷神社が祀ってるのは狐じゃなくて、宇迦之御魂って女神だよ。その従属が狐。五穀豊穣が主だけど、今となっては商売繁盛、家内安全、安産守護、ご利益は様々」
「さすがに詳しいな」
「民俗学者が親戚にいるもんで。嫌でもそういう話され続けんの」
巧は柳原の顔でも思い浮かべたのか、苦笑していた。
柳原典道。
榊家と柳原家の先祖が代々主従関係だったことから、現代まで交流がある。
因みに榊家が主で柳原家が従者だった。
葵はいつも柳原のおじさんと呼んでいる。
民俗学の大学教授であり、巧の父の大学時代の先輩であり、友人でもある。
そのため、巧も幼い頃から度々顔を合わせていた。
葵はこの柳原典道が教鞭を振るう国立大に通い、ゼミで四年間こき使われた。
しかし、こき使われた分、そこで得られた知識は現在も少なからず役立っている。
「お前も古典文学のうんちくとか聞かされたでしょ」
巧の父、佐々木司は中世文学の大学教授だった。
「いや、親父は『家でまで僕に仕事させるん? 金取るよ?』とか言って宿題すら見てくれたことがない」
「巧の親父さん、ほんと好き」
その適当な人間性はとても好感が持てる。
が、夫婦間でそれは受け入れられなかったらしく、巧の両親は離婚した。
結果、長女は不良となり、長男の巧は堅物な性格に仕上がった。
「で、どうして稲荷神社だと言い切れる」
「言い切れはしないけど、元は稲荷だろうね。稲荷神社の総本社は京都の伏見稲荷大社。初午の日、神が伏見山に降り立ったって故事がある。初午ってのは、二月初めの午の日のことね。それに乗っ取って稲荷神社は大体午の日に例大祭ってのをやる。それではここで行方不明者が行方不明になった日付を見てみましょう」
と、葵はノートパソコンの画面を見せる。
そこにはカレンダーが表示されていた。
旧暦の日付と日の干支まで記載されている。
二十年前、二月二十四日。旧暦、二月二日。戌午。
三十年前、三月二十五日。旧暦二月十日。甲午。
四十年前、三月十七日。旧暦二月十七日。甲午。
全ての日付が旧暦の初午の日である。
「祀られてた神さまが隠し神にでも零落して、いじけて可哀想な子どもを攫ってるってとこかな。なんで相手が茜川小の子どもで、十年おきに攫ってるのかは知らないけど」
「……そんなことが本当にあるのか」
巧はこの期に及んで信じられないらしい。
ノートパソコンの画面を険しい顔で眺めている。
普通の人間であれば当たり前の反応だろう。
「犯人が人間の可能性はないのか?」
「人間がやったと思えないから僕のとこ来たんじゃないの?」
それはそうなんだが……と言いながら眉間に皺を寄せて頭を抱えていた。
往生際が悪い。