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縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
四章
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寝物語


「あの、さっきから怖いんですが」


「気にしない気にしない、ただの自己暗示だから。葵にーにがお隣失礼しまーす」


自己暗示という単語が出てくること自体とても怖い。

葵はにこにこと例の笑顔を貼り付けて布団の中に入り込んでくる。

向かい合って横になった瞬間、思わず驚きのあまり声が漏れた。


「わっ……!」


「何何何何何!?!? 臭い!? 臭うの!? 嫌!?」


いつもの余裕はどこへ行ったのか、お得意の笑顔も崩れて半泣きで距離を取ろうとする。

あまりに意外過ぎて、呆然としてしまった。


「いえ、そうじゃなくて……温かくて驚いただけで……」


私はこの温もりが苦手だった。

これ以上触れてしまったらもう戻れなくなるような気がして、距離を置いていたのは私の方だったのにうっかり忘れていた。

しかし今の葵の反応を見てしまえば、恐怖なんて吹き飛んでしまう。

よくわからないが、彼は私より怯えていた。


「そりゃ生きてるから当たり前……あー、せんせはさすがに体温とかないか。明日香おばさんも、母子家庭だからひよりちゃんには構ってあげられてないって言ってたっけ。つまり、体温慣れしてないひよりちゃんには、これまでも今も彼氏はいないと……ぐっ」


さっきまで怯えていたくせに、今はなぜか勝ち誇ったような顔をしている。

むかついたので鳩尾を殴った。


「お兄ちゃん臭い」


私は負け惜しみ程度に葵に一撃を与え、睨みつけてから背を向けた。


「ごめんってー、お兄ちゃん可愛いひよりちゃんに彼氏いなくて嬉しい」


「いつまで兄妹ごっこするつもりですか」


「え? ひよりちゃんが寝るまでだけど。じゃないと僕の理性が保たない」


突然声が冷静になった。

この人の情緒が心配になる。


「ならもう寝るので黙ってください」


「その前に一つ、お兄ちゃんが過去三年間で詰め込んできた寝物語を聞かせてあげよっか」


……過去三年間で詰め込んできた?


ばっと振り返って葵の顔を見る。


「心臓に悪いから急に振り返らないでクダサイ」


「どこでどうやって詰め込んできたんですか」


「それは言えな……待って待って上目遣いで詰め寄って来ないで。壁の方向いてて」


なんだかだんだん、この人の焦り顔を見るのが楽しくなってきてしまった。

しかしこのままではまともに会話すらできなくなりそうなので、言われた通り葵に背を向ける。


「それで、寝物語はどんな話なんですか」


「とある領主に仕えてた武士のお話」


私は背中から聞こえてくる葵の声に集中した。



ーーはるか昔、とある荘園の領主に仕える若い武士がいた。

武士は領主より荘園の戦力増加を命じられ、各国を流浪することとなる。


途中、大嵐に見舞われた武士は水の神を祀る村の離れに住む娘に命を救われた。


娘は孤児であった。

子のいない老夫婦に育てられていたがその老夫婦も死に、今は一人で密かに暮らしている。

彼女は怪我をした武士を献身的に支えて治療したが、怪我が治ったら直ぐにでもここを立ち去った方がいいと言った。


村には外部の人間を稀人(まれびと)と呼び、迫害する風習が根強く残っていたのだ。

その上、周辺の村では水害による不作が続き、餓死者も多く出ていたことで、豊かなこの土地を巡って侵攻してくる者との抗争も続いていた。


そんな中、武士の怪我がほとんど治った頃、村で大きな抗争が起きた。

他の村が食糧を求めて攻め込んできたのである。

武士は逃げろという娘の言葉に耳を貸さず、抗争の中心部へと駆けた。

そして、おおよそ人とは思ぬほどの速さと美しい剣技で娘の住む村を守ったのである。

村人たちは初めて見るその剣技に最初は恐れたものの、娘に救われた恩義を返したいと言う武士の言葉に次第に心を開くようになった。


武士は村の男たちに剣の稽古をつけるようになった。

手が空けば畑を耕すのを手伝うこともあった。

その礼にもらった作物は、周辺の村の子どもたちに分け与えたりしていた。

武士は己の信念を曲げてまで村に染まろうとはしなかった。

その彼を見て、娘だけはこの村を早く出て欲しいと懇願していた。


ある夜、武士は娘が家からこっそりと抜け出すのを見た。

不審に思った武士は娘の後を追うと、何やら村の長たちと話している。

その内容は人身御供の祀りに関するものだった。

なんでも村長の夢枕に水神が現れ、十年に一度水神へ生贄を捧げればその後十年の五穀豊穣を約束すると言ったそうだ。

今年はその生贄を捧げる年で、贄の候補者たちを集っていたのである。

娘もまた同じく贄の候補者の一人であった。

自分たちが贄の候補だと知った女たちが悲嘆に暮れる中、娘だけは冷静だった。


「今年の贄はあの稀人を捧げるのはどうか」


とある者がそう口にした途端、悲嘆に暮れていた者たちは口々に声を明るくして賛同した。

それを聞いた武士は、娘が早く出て行けと言っていた理由を知る。

彼女は武士をこの祀りから逃がそうとしていたのだ。


「お待ちください。彼はこの村とは関係のないただの稀人でございます。彼を水神様へ捧げるくらいなら、私が水神様のおそばへお仕え致しましょう」


そう震えながら声を上げたのは、やはりあの娘であった。

身寄りのない娘が贄になることは村にとっても好都合だった。

三日後、彼女は贄になることとなった。


全てを聞いた武士は、彼女に共にこの村から逃げることを提案した。

しかし、娘は首を縦には振らなかった。


「私はこの村で生まれ、この村で育ちました。水神様にお仕えできることは光栄なことなのです。どうか、祀りが始まる前にこの村を出てください」


祀りの前日、娘は武士に二つの土鈴を見せた。


「一つはあなたが持っていてください。きっとあなた様を守ってくださいます。この先の旅路が安全であることを願っています」


そうして祀りの当日、武士は早朝から姿を眩ました。

娘は一人、祀りの支度を始める。


日が沈みきった頃、娘は面を被った村の者たちと村を練り歩き神社にて祝詞を聞いた。

そしていよいよ身を捧げるため輿へと乗り込もうとした途端、面を被っていた一人の村人がそれを止めた。


「今一度問います。生きたくはありませんか」


その声は武士の声だった。

娘は涙ながらに生きたいと答えると、武士は面を外して刀を構える。


「応えましょう」


武士は瞬く間に村の男たちを斬った。

その中には自分を師と慕っていた者たちも含まれていた。

その非情さから後に村の中で鬼と呼ばれるようになる。


武士と娘は村人たちから追われることとなった。

隠れながら村の外を目指す途中、三人の青年が馬を引き連れ大きな柳の木下へやってきた。

それは武士のことを慕い、村のあり方に疑念を抱きながら己の剣技に真摯に向き合っていた村の青年たちであった。


「故郷を捨てることになったとしても構わないから、どうかこれからもあなたの側で学ばせて頂きたい。叶えてくださるのなら、ここから出る手助けを致します」


後に一人の青年は名を捨て、柳と名乗るようになった。

柳は武士の最も近くで仕える忠臣となり、武士の一族を託されるまでに信頼されるようになったという。


こうして、武士は娘と三人の忠臣を得て故郷へと帰還することとなったのであった。

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