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縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
四章
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帰還を待つ


「マキちゃんには可視能力があって水龍に守られていたんだと思います」


「俺もそう思います。水龍にとって彼女は大切な人だったんでしょう。だから呪物を預かる代わりに、遠藤真希の魂を解放するよう先生と約束した」


だとすると、夢の中のマキちゃんが白杖を持っていなかったのは、水龍がマキちゃんの目となり支えていたからなのだろうか?


「マキちゃんは学校の外でも白杖を使ってなかったんですか?」


「登下校時はさすがに使ってたみたいですね。学校内だけ水龍が導いてたんでしょうか」


やはり、水龍ーー和魂(にぎたま)の力の届く範囲は小学校の中だけ。


夢の中でマキちゃんたちと遊んだのは神社の境内だ。

しかも三人とも隠し神に囚われていた。

囚われた魂は生前や最期の時の思考や五感、身体的特徴を維持する。

それなのにマキちゃんは和魂の力の範囲外で加護を受けて、白杖なしで私たちと遊んでいた。


荒魂と和魂は同一神だと柳原は言った。

そう考えれば荒魂に囚えられたマキちゃんが、和魂と同じ加護を受けられると考えれば不思議ではない。


が、問題はそもそも死後の魂の五感を操ることなんて可能なのか。


「何を考えてるか話してもらっていいですか」


巧の言葉でしばらく無言だったことに気づいた。

明らかに困り果てている。


「すみません。魂の五感を操ることってできるのかなと考えてました」


「魂の五感?」


「魂が現世に縛られると、生前の記憶から五感も引き継がれると先生が言ってました。なので、地縛霊や死を自覚できず現世を漂っている浮遊霊は生前の五感が残っています」


「なるほど、それで隠し神が遠藤真希の魂の五感を操ってると?」


「はい。ただ、そんなことが可能なのかわかりません。仮にモノが生者の身体で五感や神経を共有する場合、生者の身体と一体になる必要があります。それが憑依です」


澪に最後に会った時、触れられて初めて澪の痛覚を私の身体で共有した。

あれは憑依されていたのだ。


「でも魂と五感を共有する場合、憑依する身体がないので魂の五感まで共有することはーー」


できないと思う。

そう口にしようとした時、私は今朝見た隠し神の姿を思い出した。

アレはマキちゃんの姿をしていた。

マキちゃんの姿で、マキちゃんの声で会話していた。


生者の身体を使って五感を共有するなら憑依。

では死者の魂と五感を共有するとしたら。


「……融合」


頭に浮かんだ二文字をそのまま口にした。


夢の中で三人は、先生が斬った子どもの魂は隠し神と一つになったと言っていた。

一つになった魂はそれから一度も見かけていない。

であれば、マキちゃんと隠し神はまだ完全に一つになっていないのではないだろうか。

完全に融合してしまったら、マキちゃんはもうマキちゃんではなくなってしまう。

そうなれば、水龍との約束も果たせない。


「マキちゃんは、初めて会った時から隠し神とほぼ一体化していたのかもしれません。……隠し神はマキちゃんの中で、私を監視して贄として捕える機会を伺ってたんだ」


思えばマキちゃんは夢の中で常に私と行動を一緒にしていた。

かくれんぼをしても鬼ごっこをしても、絶対に私から離れようとしなかった。

手を握って、時々悲しそうな顔をして「みんな、ずっと一緒にいられたらいいのにね」と笑っていた。

だから私もそんなマキちゃんを姉のように慕ってーー


馬鹿みたい。

何も気づいていなかった。

マキちゃんはずっと苦しんでいたのに。

今だって先生に斬られて、きっと痛い思いをしている。


ギリッと奥歯が音を立てた。

そんな私の手に巧が自分の手を重ねる。

冷静になれと言い聞かせているようだった。


「ひよりさん、今は遠藤真希の魂を救うことを考えましょう。融合した魂を元に戻す手段はないんですか」


「……わかりません。そもそも、この仮説が本当かどうかも自信がないんです。葵さんなら、何かに気づいていたかもしれませんが」


あの時、葵は間違いなく神社でマキちゃんを見ていた。

私の手から短刀を弾いたのは葵の能力だろう。

きっと、あの人なら何か知っているに違いない。


「安心しました」


と、巧はなぜか突然にやっと笑った。

訳がわからず、首を傾げる。


「あいつが何かに気づいた上でそれを伝えず行方知れずになったということは、まだそれを伝える時じゃないと判断したからです。ひよりさんを助けるのに必要な情報であれば、それを伝えるために是が非でも必ず帰ってきますよ。遠藤真希のことは葵が帰ってから考えましょう」


三年間も離れて過ごしていた割に、大した自信である。

この自信はどこからくるのか。


「でももし、怪異に巻き込まれてたら?」


「認めるのは癪ですが、葵は怪異に対してなら誰よりも強い。ただーー」


そこまで言って、巧は目を伏せ言い淀んだ。


「……さっき俺は、あなたは守られるべき対象で大人の俺たちにはあなたを守る責任があると言いましたね。でも正直なところ、これから先はそうも言ってられない。ーー今日無事に帰って来られるのは葵だけかもしれません」


珍しく巧が弱気な発言をした。

その意外性が事の重大さを悟らせる。

先程、巧が三人無事に帰ると言っていたのは気休めだとなんとなくわかっていた。

けれど、いざ現実を突きつけられると真壁と柳原の顔が思い浮かんで胸が苦しい。


「いくら葵さんでもあの二人を見捨てるなんてーー」


「俺も絶対にないと言いたい。だが実際、友膳班の中には怪異に巻き込まれて異界から出て来れずそのまま行方不明になった人もいるし、仲間を見捨てて戻ってきて気が狂った奴もいる。残念ですが、異界から帰って来れる人間はほとんどいません」


異界。

それは生者が足を踏み入れてはならない領域。

怪異に誘われたら最後、永遠に彷徨い続けるか怪異に染まるか。

生きて帰るには、必ず生きて帰るという強い意志を持ち、異界の中の違和感を探し出して消すしかない。


先生と一緒にいたためか、そんな恐ろしい存在はとっくの昔に忘れていた。


「これから先は誰かが欠ける可能性があることを覚悟してください。残酷ですが、怪異や異界は昨日笑い合ってた仲間を簡単に奪います。もしそれが真壁刑事や俺だったとしても、ひよりさんは絶対に自分を責めないでください」


まるで遺言のようだと思った。

私には生きろと言うくせに、自分のことは蔑ろで癪に触る。

そんな気持ちを察したのか、巧は慌てて付け加えた。


「もちろん俺も死にたくはない。あくまで可能性の話です。無駄死にするつもりはありません」


なぜそこまでして葵や私に干渉したがるのだろう。

いや、私に関してはきっと葵のおまけだ。

命を懸けてでも葵を監視し続ける理由があるのだろうか。


まさか。


「聞きたいことがあるんですが」


「なんでしょう」


改めて何を聞かれるのかとでも思ったのか、巧は身構えていた。

そんなに真剣に身構えられると、余計に聞き辛い。

しかし、今後の私たちの関係性を改めるためにも聞かなければならないだろう。

私は俯きつつ、口を開いた。


「言いたくなければいいんですけど……もしかして……その……巧さんは葵さんにそういう……えっと……恋、愛的な……感情を……」


ごにょごにょとだんだん小さくなる私の声を聞き取った巧は、即座に冷静に真顔でバッサリと「違います」とだけ答えた。

少しだけ殺気立っているように見えるのは勘違いではないはず。


「二度とそんな馬鹿なこと聞かないでください」


……こわ。


背筋が凍るとはこの事だ。

そこらのモノと遭遇した時より恐ろしかった。


「す、すみませんでした」


震える声で謝罪すると、巧は頭を掻いて呆れたようにこう問う。


「ひよりさんはもし今回の件に自分の命が関わっていなかったら、あの三人を見捨てていましたか」


もちろん、見捨てたりしていなかった。

と言いたいが、一度は逃げ出してしまったので即答はできない。

先生に守られていた私は、三人のことを深く知ろうともせず、先生との時間を穏やかに過ごしていた。


「……もし自分の命が関わっていなかったら、三人がどんな最期を迎えたのかさえ知り得なかったと思います」


「それでもひよりさんは今、自分の命より三人のことを考えてるじゃないですか。俺もそれと変わりません。見て見ぬふりをしながら生きるのが性に合わないだけです」


性に合わない。

たったそれだけで、彼は死ぬ危険性のある友膳班に所属することを希望したのか。

あまりにも自分の気持ちに正直過ぎて、危うさまで感じる。


「そういうことなんで、二度とあいつに対して特別な感情があるとか思わないでください」


瞳孔がかっぴらいている。


「すみませんごめんなさい」


だからその今にも人を殺しそうな目を私に向けないで欲しい。


恐ろしさに萎縮していると、巧の携帯が鳴り響いた。

瞬間、緊張が走る。

巧は私に頷いて見せてから電話に出た。


「佐々木です。……そうですか、三人共無事なんですね」


その言葉を聞いて素直に安堵した。

緊張の糸が切れて強張っていた表情が緩む。


「わかりました。失礼します」


巧は電話を切って、私に向き直る。


「真壁刑事と柳原さんは帰ったそうです。葵だけが戻ってくると思います」


「迎えに行きますか?」


「心配なのはわかりますが、今日はなるべく安静にしてください。明日からはまた本格的に動き出します」


葵が帰ってくるまで少し休んでいてください。

そう言われ、ひとまず洗濯物を干すことにした。

二階の自室からベランダに出ると、冷たい風が頬を撫でる。

いつの間にか日が落ちていた。


洗濯竿とハンガーは既に設置されている。

叔父は本当にここで葵と私が生活することを想定して一式買い揃えたのだろうな。

便利だがここまで想定していると思うと呆れてくる。


……いつかここで、葵の洗濯物を干すような日が来たりするのだろうか。


私は葵が帰ってくるであろう方向を眺めつつ洗濯を干した。

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