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縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
四章
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フィールドワーク



ーーーーー



時を少し進ませて、枯れ葉が残る木々の隙間から覗く鈍色の空の下。

三人は車道と歩道の境がない山道を言葉少なに歩いていた。

整備はされているものの、ガードレールを飛び越えれば崖。

そのまま転がり落ちれば住宅街へと行き着き、死体となって発見されるだろう。

空の色は向かう先に行けば行くほど暗くなり、空気は肺が凍えるほど冷たい。


「さっむ……」


白い息が吐き出されては消えていく。

葵は耳を赤くさせ、両手を擦り合わせて呟いた。

その後ろを歩く真壁も時折吹き荒ぶ冷たい風に身を震わせている。

柳原は若者二人を風除けにして無言でついてきていた。


家を出てから最寄り駅まで歩き、二駅目で降りてそのままここまで歩くこと三十分。

これまで車で通っていたこともあり上り坂を気にしたことがなかったが、こうして歩いてみると思ったよりも急勾配である。

学生の頃、道なき道を柳原に連れられて歩いた葵にとっては舗装されている分かなり余裕なフィールドワークだが、平時は署で事務仕事がメインでかつスーツ姿にヒール靴という装備の真壁にとっては過酷な道のりらしく、背後からは苦しそうに呼吸する音が聞こえてきていた。


「なんでこんな日に山登りなんて」


「家で待ってればよかったじゃん」


「仕事ですから」


「はいはい、ご苦労なことで」


ここら辺は今となっては住宅が点々と建ち並ぶ住宅地になっているが、かつては神社があった山の麓であった。

ここを更に少し登ると町に辿り着く。

村を統一した先祖が山を開拓したことでできた場所なのだと柳原は言った。

そして、神社は開拓できず残された山の中腹部にひっそりと佇んでいる。


「僕のこと警戒する気持ちわからなくもないけど、今回はさすがに悪いことしないから帰ったら? タクシー呼ぼうか?」


「職務放棄はしません! そんなことより、どこに向かってるんですか」


「一応茜川小学校周辺だけど、今歩いてること自体が目的だから。てか、おじさん生きてる?」


しばらく無言だった柳原に声を掛けると、「ああ」という短い返事だけが聞こえてきた。

かと思えば、


「みてみて、新しいモンスター生まれた!」


突然自分の携帯画面を真壁に見せて年甲斐もなくはしゃいでいる。


「この前学生に教わったんですよ、歩数を経験値にしてモンスター育てるゲーム。可愛いだろ」


「へー、学生さんの間で流行ってるんですかね。私もやろうかな」


「真面目にフィールドワークしろ?」


そう言いつつ、柳原がこのフィールドワークに積極的ではない理由を察していた。

ここは過去に榊家が関係した歴史がある場所。

であれば、榊家の歴史を管理している柳原が知らないことなどあるはずがないのだ。

それも、この土地に纏わる伝説の真相をずっと追っている彼にとってはこんな舗装されたような道、庭のようなものでなんの興味も惹かれないのだろう。


「もうここから始まってんの? えーと、そしたらこの先の横に逸れたくねくねした細道。あれは元々水路で、埋め立ててそのまま道路にしてるんですよ」


「え、そうなんですか?」


「昔はここからも水を汲み上げてたんだろうが、さらに高い場所に居住地を移動させたから道が必要になって埋め立てられたんだろう。だからこの道を辿って行くと町に出られるようになってる。ただし、険しい。今歩いてるこの道を行けば山の外周だから緩やかだが遠回りになる」


さて、どっちがいい?

とでも言いたげに、柳原はにこにこ笑っていた。

選択肢を提示された真壁は横道の方へ目をやって顔を真っ青にする。


「あ、あれなんですか……」


「手」


「それはわかります」


横道は木々に囲まれ、その入り口からは無数の手が何もない空間からこちらへと伸びて手招きしていた。

明らかに誘われている。


「え? やっぱりなんかいるのか?」


柳原は目を凝らして横道を眺めていた。


「柳原さんは可視能力が……?」


「そんなものありませんよ。極々普通の学者です。前に一人で入った時も気持ち悪い道だとは思ったが、特に何もなかったから大丈夫でしょう」


「横道行くよー」


「私の決定権はどこに!?」


「ないよそんなもん。嫌なら帰りな」


そう言いつつ、葵は電柱に書かれた住所名を見遣る。

手堂(しゅどう)-四、と書かれていた。

そしてこの先、神社がある町の名前は目境町(めさかまちょう)

恐らく怪異を元にしてつけられた名前なのだろう。

だとすればこの先には「目」のつく理由となったモノがいるはず。


目は嫌いなんだよなー、性格悪いから。


そう思いつつ、真壁と柳原を引き連れて横道へと入って行く。

その瞬間、



『紗良に何かあったら許さないから』



はっきりと、耳元から自分に対して敵意を持った言葉が聞こえた。

思わず振り返るも、そこには間抜け面をした真壁がいるだけだった。


「どうかしましたか?」


「……いや」


空耳ではない。

あれは間違いなく真壁の姉の声だった。


おかしい。

彼女の呪いは死んだ姉が遺したもので、彼女自身の魂は既にないはずだ。

だからこちらから彼女の姿は認知できないし、向こうの力も葵の能力には当てられていない。

あの呪いは防衛システムのようなもので、決して個人を判別できるようなものではないはず。


…….いや、待てよ。

そもそもその防衛基準は誰がしている?

葵は顎に手を当てて、後ろの真壁に訊ねる。


「君の家って一般家庭だよね?」


「はい、そうですけど。父は警察官で母は専業主婦です。…….あと、姉が」


「見合いでも始めるなら、私はお邪魔だろうから別ルートで向かいますけど?」


にまにまと笑いながら茶化す柳原。

瞬時に真壁の顔が赤くなった。


「見合い!? すいません、無理です!」


なんで振られた感じになってんだ。


「いやそうじゃなくて、両親の実家は?」


「父の実家は農家で林檎を作っていて、母の実家は京都の小さい神社の宮司を」


真壁の返答に柳原と葵は顔を見合わせる。


「「まじか」」


葵は嫌悪で顔をしかめ、柳原は好奇の眼差しを真壁に向けた。


「そういうこと早く言ってくれない?」


「えっ、え? 林檎ですか神社ですか?」


「神社に決まってんだろうが!」


この女の無自覚加減にだんだん腹が立ってきた。


そうか、そういうことか。

真壁の姉は神と少なからず縁があったのだ。

死の直前、彼女の強い思念で呪いと彼女の魂が姿を現せないほど少しだけ混ざって遺ったのかもしれない。


「厄介すぎる」


このままだと間接的に神と神のぶつかり合いだ。

そうなれば、いくら葵がそばにいても媒体になってる真壁の身体が保たないだろう。

そしてあの敵意のある言葉から察するに、真壁に何かあった時神の縁と真壁の姉の魂が混じった呪いが葵に飛んでくる可能性もある。


うん、撤退。


「引き返そう」


どんな呪いだかわからないが、今以上に面倒になることは間違いない。

くるりと来た道を引き返す。

が、直ぐに前方の景色を見て立ち止まった。


「せっかくここまで来たのに戻られるんですか」


「神の前ではどんな人間も無力だってことだ」


真壁と柳原の声を聞きながら葵は深いため息をつく。


「間に合わなかったか」


先程まで通っていたはずの道は見当たらず、ひたすらくねくねとした道がただどこまでも続いているだけだった。

横を向いても木々に視界を遮られ、どこまで先があるのかわからない。

完全に檻の中に閉じ込められたかのようである。


「さっきの道が、ない」


遅れて景色を目の当たりにした真壁が呆然とした声を出した時、空から白い綿毛のようなものが舞い降りてきた。

それは地面に落ちると音もなく消えて黒いシミを残す。


「ほお、面白くなってきたな」


暗い空を見上げ、柳原だけはなぜか不敵に笑っていた。

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