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縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
四章
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過激派天然の人たらし


「仕事で地方を転々としていただけでは?」


「表向きは電波の届かない地方にいて連絡が取れなかったことになってます。でも三年間、そんなことがあり得ると思いますか。ーー柳原さんと一度、葵がいるという住所を訪ねたことがあります。ですが、あったのは荒屋のような古い長屋だけでした。榊義彦は一人息子が消息不明の間、捜索願いすら出さなかったんですよ」


巧が榊義彦へ抱いている印象を初めて知った。

息子に対しての無関心。

仕事内容のことを踏まえると、むしろ消えて欲しいと願っているように見えているのだろう。


姪の私から見ても、叔父は少し冷たい人だと感じていた。

秘書は愛妻家で社員想いの素晴らしい社長だと評していたが、私の母にしたことを思うと疑念を抱いてしまう。

ただ母が入院してからは、叔父として私のことを気にかけてくれているのも本当だ。

月に一度は必ず様子を見に来るし、金銭面では惜しみなく援助をしてくれた。

そして、私と葵との婚姻を望んでいるような素振りも見せている。

一体なにを考えているのだろうか。


「帰って来た葵は、縁のことを気にしてか三年間のことを俺に話そうとはしませんでした。俺も詳しくは聞いてません。ーー柳原さんは、榊家は呪われてると言っていました。本家も分家も呪いに縛られて生きてるんだと。葵の体質は榊家では呪いとして疎まれてるのかもしれません。榊姓のあなたにこんなこと言いたくはなかったんですが……あまり榊家の人間を信用しない方がいい。特に、榊義彦には気をつけてください」


「であれば、柳原さんも警戒の対象ではありませんか」


榊家の従者だった家柄であれば、榊家の言うことには逆らえないはずだろう。

しかし巧は苦笑しながら首を横に振った。


「あの人は主従がどうのより、学者としてただ榊家に興味があるから関係を続けてるだけだと思います。それに榊家に近づくなと俺に忠告したのはあの人です。葵がいなくなった長屋の前で、『面倒ごとに巻き込まれたくないのなら、これを機に葵には関わるな』とはっきり言われました」


「それでも関わろうとしたのは、どうしてですか」


「俺は葵がいなくなるまで、榊家のことなんて何も知りませんでした。このまま葵のいない世界で葵を蔑ろにしてた榊家の人間が、晴々しい気持ちで生きて行くのが気に食わなかった。あの馬鹿はそんな親戚どもを嘲笑いながら、自分勝手に生きてる方が似合ってると思いませんか」


……確かに。

いなくなったと喜んでいた親戚の前に元気よく顔を出して、絶望した奴らの顔を嘲笑っている葵の姿が目に浮かぶようだ。


「最初は葵を探すために友膳班に志願しましたが、今後はあいつを監視しつつあの体質をなんとかする方法を探すつもりです。友膳警部には前例がない上に俺には何も能力がない分リスクが高いと反対されましたが、今回のこの事件を解決できたら正式に認めてもらえる予定です」


友膳の言うことはもっともだ。

怪異を視ることも感じることもできない巧にとって、怪異絡みの事件はどう考えてもリスクの方が高い。

あの葵でさえ三年間失踪したというのだから、命を落とす危険性だってあるはず。

巧はそれを承知の上で友膳班に志願したのだろう。


……なんとなく、彼女に別れを告げる理由がわかったような気がした。


「今回捜査協力を葵に依頼する時、葵が抱いている親戚とあなたに対する印象を確認しました。案の定、親戚の生死の危機には興味を示さなかった。ですがその親戚がひよりさんだとわかった時、明らかに動揺してたんです。予め何か企んでる人間があんな反応をするとは思えません」


「……そうですか」


葵が親戚の中でも私にだけは好意的な理由は理解できないが、過去も今もこうして助けようとしてくれている。

未だに彼を信じてはいけないような気がしてならないのは、葵の言う通り榊家の血が本能的にそう思わせているからなのだろうか。

もしそうであるのなら、私も葵の存在を疎んでいる榊家の人間と変わらないことになる。

それはなんだか気分がよくない。


「もし、葵さんが何か良くないことを企んでいたとしたら……巧さんはどうされますか」


自分の平凡な生活を捨てて、親友のために怪異の世界に踏み込んだ巧。

その親友が犯罪に手を染めた時、巧は冷静に正しい判断が下せるのだろうか。

そんな私の心配をよそに、巧は拳を力強く握りしめてこう言った。


「ぶん殴って止めます」


まさかの物理攻撃。


「そのためにここにいるんです。あいつが何か良くないことを考えてると思った瞬間から、俺はあいつの抑止力になります。多少の職権乱用してでも止めるつもりです」


親友から手放しに信じられていない葵が少し憐れに思えてきた。

巧からは葵とはまた違った別の種類の恐怖を感じる。


「もし葵と従兄妹のように接したいなら、安心してそうしてください。それで最悪の事態に陥ったなら、後始末は責任をもって俺がします」


もしかしてこの人、葵の息の根を止めようとしているのではなかろうか。

気持ちの重さ故に勢い余って相手を殺して自滅する系の過激派なのかもしれない。


しかしまあ、巧がそこまでの覚悟を持って葵と向き合おうとしているのなら、従妹である私も怖がるばかりではいけないのだろう。


「わかりました。では手始めに行きたいところがあるんですけどお時間よろしいですか。近場のスーパーなので、一人でも大丈夫ですけど」


「いえ、ついて行きます。スーパーに何を買いに行くんです?」


「……バレンタインなので……一日早いですけど、せっかくなら何か作ろうかと」


人と友好的な関係を築くためには、何か小さな贈り物をしたら良いと先生に言われた。

だからバレンタインの日にチョコレートを先生に作ったのだが、それは先生からしたら予想外だったらしく、とても複雑そうな顔をしていたのを覚えている。

先生は先生以外の人との交流を私に望んでいたのだろう。

少し遅くはなったが、従兄妹同士の友好的で健全な関係を築くためにこの手段を使わせてもらおう。

しかし先生以外の人に贈り物をするなんて初めてだ。

ーーしかも、手作りの。


「重い、ですかね」


途端に自信がなくなった私を見て、巧は口元を押さえて顔を背けた。

明らかに笑っている。


「普段大人びてるのに、突然子どもみたいな顔しますね」


「私がいつ子どもみたいな顔を?」


「先生を前にした時とショートケーキを見た時と今。俺はそっちの方が接しやすくて好きですよ」


普段の仏頂面からはとても想像し難い優しい笑みを浮かべる巧を見て悟る。

この男、過激派天然の人たらしだ。

優しい顔でそんな言葉を意図せず使うのだから、絶対何人か無自覚に女を泣かせているはず。

この人の彼女はさぞかし気が気ではないだろう。


「私がちょろい女じゃなくて良かったですね」


「は?」


「いえ、さっさと行きましょう」


どいつもこいつも。

私は心の中で悪態をつきながら立ち上がった。

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