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縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
四章
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深夜の誰そ彼


彼女を追いかけているのか、それとも何かから抗って逃げているのかわからなくなった頃。

景色は神社近くの道へと変わっていた。


体感では明らかに二時間など経っていない。

しかし目の前に広がる景色は、夕方にいた場所と同じだった。


ーー空間が歪んでいて、無意識のうちにここへ導かれていたのか?


素直にそう思えてしまうほど、彼はこの世界の異様さを受け入れ始めていた。


彼女の背中が神社へ続く森の中に消えていく。

ここまで必死に走っても、ふらふらと歩く彼女との距離は縮まらなかった。

あの鈴の音がなければここまで辿り着けたかも怪しい。


どうすりゃいい。


森の入り口前に立ち頭を抱えた。

このままここに残っても世界に取り残される。

だがここから先に進んでも、どこまでやれるかわからない。


……そもそも、何のためにここまで追って来たんだったか。


彼女の背を見送りながら立ち尽くしていると、ふわりと陽炎のように彼女の周りを囲う男たちが現れた。

なにもなかった空間に、さもずっと付き添っていたかのように現れたその男たちは皆、狐の面を被って帯刀している。


そのうちの一人が、こちらを振り返った。

面を被っていて視線は捉えられないはずなのに、こちらの姿を捉えているのがわかる。

だが、敵意は感じなかった。


男は他の者たちとは逆の、こちらの方へゆっくりと歩み寄る。

思わず警戒態勢をとった。


相手は刀を持っている。

明らかな銃刀法違反。

こちらは武器がない。

であれば、刺激を与えないよう凛然とした態度で接するのが得策だ。


警戒しつつ、相手に刺激を与えないよう落ち着いて会話を試みる。


「お前は誰だ」


瞬時に状況把握からその判断を下した彼に向かって、男は口を開く。


「……その問いに答えることはできない。既に名はなく自身の存在すら虚」


低く耳心地の良い声からは憂いが漂っていた。


「ーー故に、私がそれを問う。お前は誰だ」


逆に問われて戸惑う。

しかし、その様子は決して相手には悟らせない。


「どこで誰と出会い、なぜ今お前はここにいる。為すべきことはなんだ」


面の隙間から見える瞳は、彼を捉えて離さなかった。

何故だかどこか懐かしいように思える。


「……俺は」


高校で葵と出会い、特異体質のことを知ってもなお友人でありたいと願った。

人間性は尊敬できないが、自分にはない考え方や穿ったものの見方も時には感心するし、はっとさせられることも多い。

気に食わない奴には、子どものように純粋な笑みを浮かべて嫌味を吐くところも、正直見ていて痛快な時もある。


ただ、時々見せる深い闇を抱えたような瞳を見て思う。

幸せになってほしい。

真っ当な人間として。

その手伝いができるのなら、俺はあいつの親友であり続けたいと思う。


……そうだ。

だから佐々木巧(俺)は今ここにいる。

何も視えないただの凡人が、親友の大切な従妹をーー榊ひよりを助ける為ここにいる。


「俺は俺、だな」


ただの凡人。

そして、榊葵の親友だ。


「ありがとう、助かった」


巧は一度深く息をつく。

危うく飲まれかけていた。


「あなたは先生、か?」


男はしばらく無言のまま答えなかった。


「……彼に視えるものが視えぬのなら、彼に視えぬものをお前が見なさい」


そう言うと、巧に背を向けた。


「ちょっと待ってくれ」


「彼女の手を引くのはお前であってほしい」


男はまた陽炎のように揺らいで消えた。


「おい!」


巧の声は虚しく夜道に響く。


「いや、だからどうすりゃいいんだよ!」


くっそ! こちとら凡人だぞ。

神相手に背負い投げ決められるわけねえだろうが。


何かないか、と自身の腰に手を当てる。

そう言えば先程から右腰の辺りが重い。

何か付いているのかと視線を向けると、


「マジ、か」


目に映ったのは本革製の黒いホルスター。

ご丁寧なことにピストルライヤードまでついている。

恐る恐るホルスターからブツを取り出した。

リボルバー式、弾丸五発入りの拳銃である。


「はは、夢だなこりゃ」


乾いた笑い声を上げた。


こんなものがこんなところにあるはずがない……が、好都合だ。

夢であるなら、これをどう撃ったところで責任問題になることはない。

神相手に物理攻撃が効くとは思えないが、ないよりはマシだ。


「……っし、行くか」


拳銃をホルスターにしまい、目の前の道を見据える。

引き返すという選択肢は存在しなかった。

現実でも夢でも、ひよりを助ける。

その一択のみ。


慎重に神社の道を進んだ。

遠くの方で、言い争うかのような声が聞こえる。

普通の人であれば、その異様な雰囲気に早く目が覚めてくれと懇願していただろう。

しかし今の巧には何も感じない。

初めてこの神社に足を踏み入れた時と同じ感覚だった。

ただの景色。

気配も視線も音も、夢の産物なのであれば実際に存在しないのと同様なのである。


ーー凡人の彼はまだ知らなかった。

自身の弱点だと思い込んでいるその凡人性が、なによりの強みであるということを。

そしてその強みが、親友の榊葵にとってはこの上なく厄介なものだということも。



一段一段、階段を上がる。

その間に聞こえるのは、呻き声と金属音と何かが倒れる音だった。

頂上の境内に近づくにつれ、鉄のような臭いが強くなる。


上で何が起こってるんだ。

呻き声の中に女の声は含まれていなかったが、ひよりさんは無事だろうか。


そう思いながら、自分の存在を悟られないよう頂上近くで体を階段に這わせて登った。

頂上手前に辿り着くと、顔を上げて境内の様子を伺う。


倒れた男が複数人。

地面には血溜まりができている。

その間で、全身血濡れになったあの男が着物姿のひよりに刀を向けていた。

ひよりは……笑っていた。

人を見下すような歪んだ笑みだった。


彼女の表情に動揺していると、男は無表情で刀を振り上げ彼女を斬った。

思わず飛び出しそうになったが、ひよりの身体から血が出ることはなかった。


「先生……!」


「おぉ、恐ろしい」


彼女の背後には、十歳くらいの少女が現れた。

その瞼は閉じられているのに、まるで全てが見えているかのように振る舞っている。

男が繰り出す少女への斬撃は、全く効いているように見えなかった。


察するに、あの少女がひよりさんに取り憑いていたのだろう。

できることなら助太刀したいが、変に発砲すれば男に当たりかねない。

どうする。

なんとか彼女だけでも連れ出せないか。

あの少女の注意を逸らすには。


「ああ、そういえば面白い男が一人紛れているな。貴様と遊んでやっている間に、余計なことをしてくれたものだ。おかげで力が定まらなくてな。贄を得るのは十年に一度の縛りだったが、不安定な今、ここで得ても不思議はあるまいよな」


まずい。

少女の殺気がひよりに向けられた。


巧の身体が動き出す。

それとほぼ同時に、短刀を振り上げた少女がひよりの目の前に現れた。


巧が両手で拳銃を構える前に、ひよりに刀を振り下ろす少女。

それをひよりは咄嗟に手で阻んだ。


ーー瞬間、彼女の手が切り落とされる場面を見た気がした。


殺す……!


巧は少女の頭を狙って発砲した。

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