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縁-えにし-  作者: 狸塚ぼたん
三章
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なんとなく!


「悪い、待たせた。ひとまず、彼女がお前とひよりさんを家まで送ることになった。俺もそっちに帰れるようなら帰る」


今は答えの出ないことを考え続けても無駄だ。

私は葵の後を追い、二人に近寄った。


巧の隣にいる真壁は、先程から何か思い詰めたような顔をしている。

言いたくても言い出せない、そんな様子だった。


「一人、不満そうな人がいるけど?」


葵に言われて、ようやく真壁の様子に気づいた巧。


「どうしました?」


「……すみません、佐々木さん。ちょっと、どうしても気になる事がありまして。葵さんとひよりさんを家まで送って頂けませんか」


懇願するかのような眼差しを巧に向ける真壁。

そんな同期に対して、巧は答えを迷う素振りも見せなかった。


「わかりました」


何が気掛かりなのかも聞かず、直ぐに了承できるほど彼女のことを信頼しているらしい。


「じゃあ僕、こっちについて行くよ」


と、葵が親指で真壁の方を示す。

その意外な提案に私たち三人は目を丸くした。

余程、何か気になることがあったのか、それともただ単に真壁自身に興味があるのか。

真意を図りかねていると、葵から口を開いた。


「僕、今日はこの子のバディらしいからさ」


まるで警察ごっこでもしているかのような言い方である。


「なら、私も」


この人が何を思って何を考えているのか知らなければならない気がした。

けれど、あっさり首を横に振られる。


「だーめ。ひよりちゃんは慣れない事の連続だったんだから早く休んだ方がいい。なんかあったら連絡するよ。なるべく早く帰るから、それまではお前に任せる」


そう言って、葵は自宅の鍵を巧に投げ渡した。


「好きにしろ」


これもまた素直に聞き入れる巧。


「んじゃ、行こっか」


「え、あ、ちょっと、待ってください!」


私たちは二人の背中を無言で見送った。


「彼女の勘は当たるんですよ」


二人の姿が見えなくなった頃、巧はため息混じりにこう言った。


葵がその彼女に興味を示した、ということはやはり何かがあるのだろう。


「ついて行かなくていいんですか。私のことなら気にしないでください。体調に異常はありません」


巧だって、葵の監視役であるならついて行くのが正解だろう。


「いや、帰りましょう。真壁も刑事ですので、何かしらあったとしても対応できるでしょう。それに、この先のことは周りがとやかく口出しすることじゃない。葵の判断に任せます」


「どういう意味ですか?」


「明日になればわかりますよ」


巧の意味深な発言に首を傾げつつ、私は一足先に葵の家へと戻った。



ーーーーー



「どうしてついて来たんですか」


真壁が運転する車中、葵は当然のように助手席に座っていた。


「どうせ小宮家に行くんでしょ。君の勘ってやつを見届けようと思ってね」


どこから取り出したのか、葵の手にはあの白いうさぎのぬいぐるみが握られている。

その握り方はまるで本物のうさぎを扱うかのようだった。


「……先程、小宮さんに娘さんと思われるご遺体が発見されたと連絡をしました。しばらく沈黙だったんですけど、『明日、伺います』とだけ言って電話を切られました」


何かを案じているかのような真壁。

葵には心当たりがあった。


「あの家の小宮佳奈の部屋、あの部屋だけ家財道具が最近片付けられたような跡があった。他の部屋の家財道具はほとんどすっからかん。それから、小宮大和のサイズ感が合ってないパンツ。あれさ、急に体型が変わって無理矢理ベルトで縛り上げてる感じだったよね」


「そこまで気づいてたんですか」


「君が懸念してるのは、小宮大和と元妻の無理心中ってとこかな」


恐らく、小宮大和は大病を患っている。

それもそう長くないほどの大病だ。

そう思わせるほど、小宮大和の痩せ方は異常であった。

そして、家財道具がほとんどないのは自分がもう長くないことを悟っていたから。

小宮佳奈の部屋の家財道具だけ最近片付けられたのは、自分の娘がまだ帰ってくるかもしれないと心のどこかで願っていたからだ。

しかし、その願いは病によって蝕まれた。

それに続いて娘の遺体発見の連絡。

彼の心はきっともう、一つの希望も見出すことはできないだろう。


「私の父は若い頃、この地区の交番に勤務していたんです。彼女が行方不明になる前日に、迷子になっていたところを保護しています。父はずっと悔やんでいました。手を繋いで家まで送っている最中、ずっと謝っていたと聞きました。もしあの場でちゃんと保護していたら、彼女の未来は奪われなかったかもしれない。だから、常に人や周りを見て行動しろと言われてきました。父の後悔が消えることはないでしょうが、私は警察官として父に教えられたように後悔のないよう行動したい」


「それが、小宮大和の望みじゃなかったとしても?」


「……今の私は警察官なので」


今の私は、ね。


差し出したその手が誰かの救いになるとは限らない。

それを理解した上で助けようと手を伸ばすのなら、その責任を背負う覚悟が必要だ。

彼女はそれを警察官として担う、と言っているのだろう。

それはもし警察官として生きていなければ、放っていたかもしれないということでもある。


真壁紗良という人間は意識の高さや誇りなど持ち合わせてはいないが、人並みの責任感は待ち合わせている。

だから警察官である以上は警察官として行動するが、彼女自身の心が完全にそれに従っているわけではない。

彼女は常に迷っているのだ。

責務を全うするため警察官として振る舞ってはいるが、その行動全てが正しいことなのか常に疑っている。

彼女の自信のなさはその心の表れなのだろう。


しかし、時折見せる開き直り方は悪くない。

葵は開き直った人間は結構強いということを知っていた。



ーーなんであんたがそんなことしなきゃならないの?


あんたみたいなグズが行ったって足手纏いなのよ!


さっさと引き返して!


引き返せ!



彼女の中から聞こえてくる声に口角を上げる。

真壁と出会った時から、ずっと聞こえていた声。

特異体質の葵にさえ臆することなく、その声は延々と真壁に向かって文句を吐いていた。


そんな声など全く聞こえていない様子の当人は、未だ迷っているかのような表情を浮かべている。

そんな彼女に向けて、葵は気まぐれに声を掛けた。


「警察だろうとそうじゃなかろうと、後悔なんて生きてりゃ誰でもするんだよ」


「……それはまあ、そうなんですけど」


「今、君自身がどうしたいのか、何ができるのか自分の頭で考えな。ーー因みに、今日は助手席に優秀なバディが乗ってるのをお忘れなく」



ーーこんなの、あんたの仕事じゃない。


あんたにはもっと別の人生があったはずなんだ。


これは私がやりたかったことで、あんたのやるべきことじゃない!


もうこれ以上、首を突っ込むのはやめなさい!


グズで泣き虫なあんたには何もできないんだから!



「……私、このまま行きます!」


真壁はぎゅっとハンドルを握り直した。


「後悔には種類があると思うんです。していい後悔と、したらいけない後悔。これは、絶対したらいけない後悔だと思います! なんとなく! あと、なんか悔しいんですけど、葵さんがいればなんとかなるような気がします! なんとなく!」


「めちゃくちゃ失礼だし凄い他力本願じゃん」


「ええ、それが私ですから!」


ああ、やっぱりこういう人間は開き直ると強い。

ほらもう、声も何も言えなくて黙り込んじゃってる。


葵は口元を覆い、小さく肩を震わせて笑った。

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